2026年9月24日放送のテレビ東京系『日経スペシャル カンブリア宮殿』に、テンポスホールディングス社長の森下篤史さんが出演します。
番組のテーマは「飲食店の救世主」。経営危機にあった「ステーキのあさくま」を、45種類のサラダバーなどの戦略でV字回復させた手腕が紹介される予定です。
番組公式サイトでは、森下さんが「日本一潰れた店を見てきた」と語ることも紹介されています。
森下さんは1947年生まれの79歳。中古厨房機器販売のテンポスバスターズを創業し、現在も経営の第一線に立っています。
経営者としての実績に目が行きがちですが、本人のインタビューやブログをたどると、農家の家に生まれた少年時代、母との死別、大学時代の同級生との結婚、3人の子供など、さまざまな経験をしてきたことがわかります。
この記事では、森下篤史さんの妻や子供、両親などの家族を中心に、年齢や高校・大学、テンポス創業までの経歴について、本人の発信や公式情報をもとに紹介します。
サラダバー目当て!胃袋が足りない!と客に言わせるサラダバーを提供しているのが「ステーキのあさくま」。ステーキ店ならではの「牛すじカレー」は食べ放題。その名物カレーを楽しめる「カレーのあさくま」もOPEN!舞台裏に迫る!9月24日(木)夜11時21分から #あさくま #ハンバーグ #カレー pic.twitter.com/LLSVH8xxAX
— カンブリア宮殿 (@cambrian_palace) September 23, 2026
森下篤史の妻は大学時代の同級生!結婚の馴れ初めは?
森下篤史さんは結婚しています。
妻は大学時代の同級生だった女性です。本人ブログでも、妻について「同級生だった家内」と書いています。
結婚のいきさつは、少し意外なものでした。
経営者向けPodcast「社長に聞く!in WizBiz」のインタビューによると、大学卒業のときに女性のほうから「どうする?」と聞かれたそうです。
そこで森下さんが結婚する意思を伝え、結婚することになりました。
同じインタビューでは、中学生のころから惚れっぽかった一方、高校時代には好きな人がいても声をかけられないまま卒業したというエピソードも明かしています。
大胆な経営手法で知られる森下さんですが、若いころの恋愛については少し意外な一面もあったようですね。
妻は教師として働いていました。
そして、森下さんの最初の就職にも妻の言葉が関わっています。
教員の道に進まなかった森下さんは、アルバイトをしていた土木作業員の仕事にそのまま就こうと考えていました。
ところが妻から別の仕事に就くよう言われ、新聞の求人を見て応募したのが東京電気(現・東芝テック)でした。
その後、森下さんは営業マンとして頭角を現し、全国1位の成績を収めるまでになります。
本人ブログでは、経営が苦しかった時期について、教師として働いていた妻が弁当を作り、苦しい状況でも泣き言を言わなかったことを振り返っています。
なお、妻の名前や年齢などは公表されていません。
森下篤史の子供は3人
森下篤史さんには、3人の子供がいることが本人ブログから確認できます。
ブログには、経営が苦しかった時期の家族についての記述があります。
当時、3人の子供はそれぞれ大学4年・大学3年・大学1年でした。
森下さんは学費を払うことが難しくなり、子供たちに、自分で学費を稼ぐか退学するかを選ぶよう伝えたそうです。
3人の子供がそろって大学生だった時期に、学費についてこうした話をしなければならなかったことからも、当時の経営が非常に厳しい状況だったことがうかがえます。
子供の名前や性別、現在の年齢や職業、テンポスグループとの関係については、今回確認した範囲では公表された情報を確認できませんでした。
そのため、この記事では本人が公表している範囲にとどめています。
森下篤史の両親は?父は農家で小学4年生のときに母と死別
Podcastのインタビューで森下篤史さんは、父親について「親父は百姓」と話しています。
農家の家庭に育ち、子供のころには朝早くから麦踏みをするなど、農作業を手伝っていたそうです。
一方、2011年に公開された本人インタビューでは、父親が役場に勤めていたという記述もあります。
農業と役場勤務の両方に携わっていた可能性もありますが、詳しい勤務状況までは確認できませんでした。
森下さんは小学4年生のときに実の母親を亡くしています。
その後、小学6年生のときに父親が再婚し、新しい母親を迎えました。
新しい母は学校の先生だったそうです。
森下さんは4人きょうだいでした。
本人は、新しい母が4人の子供を育ててくれたことについても振り返っています。
夜遅くまで学校の仕事をしながら、翌朝には子供たちの弁当を作る姿を見ていたため、新しい母には頭が上がらなかったそうです。
また、森下さんが大学へ進学する際には、親との間に「学校の先生になるなら大学へ行かせる」という約束がありました。
本人によると、もともと強く教師を志望していたわけではなく、当時の環境では大学へ進むための選択肢として教師を目指した面もあったようです。
森下篤史の年齢・出身地などプロフィール
名前:森下篤史(もりした・あつし)
生年月日:1947年2月13日
年齢:79歳(2026年9月現在)
出身:静岡県
学歴:静岡大学教育学部卒業
職業:実業家
現在:株式会社テンポスホールディングス代表取締役社長
2026年9月24日放送の『カンブリア宮殿』公式サイトでも、森下さんはテンポスホールディングス社長、79歳と紹介されています。
森下篤史の高校・大学など学歴
高校は愛知県の新城高校
静岡県出身の森下篤史さんですが、高校は愛知県の新城高校へ進学しました。
「社長に聞く!in WizBiz」の元Podcastで、森下さん本人が「愛知県の新城高校へ行きました」と話しています。
2011年の本人インタビューによると、当初は愛知県まで片道1時間45分ほどかけて通学していましたが、やがて親に頼んで下宿することになったそうです。
高校時代についても、森下さんは率直に振り返っています。
勉強のできる生徒が集まる環境で成績が下がり、精神的に挫折した時期もあったといいます。
柔道部を4カ月ほどで辞め、その後のテニスも本人いわく「中途半端」だったそうです。
大学は静岡大学教育学部
高校卒業後は、静岡大学教育学部へ進学し、1971年に卒業しました。
大学進学の背景には、親との「教師になるなら大学へ行かせる」という約束がありました。
森下さんは本人ブログで「教員試験も受かった」と振り返っています。
しかし、その後に予定されていた面接の日に寝過ごしてしまい、教師の道には進みませんでした。
本人は、大学で自由になって遊んでばかりいたため、大事な時間とそうでない時間の区別がつかなくなっていたと振り返っています。
森下篤史の経歴!会社員からテンポス創業者へ
森下篤史さんは1971年、静岡大学教育学部を卒業後、東京電気(現・東芝テック)静岡支店に入社しました。
入社当初は営業成績が振るわず、半年間1台も売れなかったと本人が振り返っています。
ところが、その後は成績を伸ばし、27歳ごろには全国1位の営業成績を収めました。
その後、会社を離れ、別の会社での勤務も経験しています。
1983年には、食器洗浄機の製造・販売を行う共同精工(後のキョウドウ)を設立しました。
その後、回転寿司や英会話学校など複数の事業にも挑戦しましたが、思うような結果にはつながりませんでした。
転機になったのは、テレビ番組でリサイクル事業を営む経営者を見たことでした。
そこから厨房機器のリサイクル事業を思いつき、1997年にテンポスバスターズを設立します。
2002年にはJASDAQへ株式を上場しました。
2006年には、経営不振に陥っていた「ステーキのあさくま」の再建に乗り出し、2008年にはあさくまの社長に就任しています。
そして2026年現在は、テンポスホールディングスの代表取締役社長を務めています。
「百姓経営者」と名乗る森下篤史
森下篤史さんの本人ブログには、
「テンポス森下 商狂老人 百姓経営者 蒲田のドラッカー」
というタイトルが付けられています。
森下さんはインタビューで、自身が遠州中央農協の正組合員であることも明かしています。
父親が農業を営み、自身も農業との関わりを持つ森下さんですが、「百姓経営者」という呼び名を使うようになった具体的な理由については、今回確認した範囲では本人が説明した資料を見つけることができませんでした。
そのため、「父親が農家だったから百姓経営者と名乗っている」とまでは断定できません。
まとめ
森下篤史さんは、1947年2月13日生まれ、静岡県出身の79歳です。
妻は大学時代の同級生で、教師として働いていました。また、本人ブログから3人の子供がいることも確認できます。
父親は本人が「百姓」と表現しており、森下さん自身も農作業を手伝いながら育ちました。小学4年生で実母を亡くし、小学6年生のときには学校の先生だった新しい母を迎えています。
愛知県の新城高校から静岡大学教育学部へ進み、卒業後は東京電気に入社。営業マンとして全国1位の成績を収めたのちに独立しました。
その後はいくつもの事業に挑戦し、失敗も経験しましたが、1997年にテンポスバスターズを設立。2026年現在もテンポスホールディングス代表取締役社長として経営に携わっています。
森下さんの座右の銘は「何とかなる」。
本人はインタビューで、自分はすぐに折れるけれど、またすぐに芽が出てくるという趣旨のことを話しています。
教師を目指した学生時代、妻の言葉をきっかけに選んだ就職先、独立後に経験した数々の失敗。こうした一つひとつの経験が、その後の森下さんの経営者人生へとつながっていったことがわかります。
2026年9月24日放送の『カンブリア宮殿』では、79歳となった現在も挑戦を続ける森下さんの経営手腕が紹介されます。


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