矢野健太さんは、冷凍パンで全国のパン屋と消費者をつなぐ株式会社パンフォーユーの代表取締役です。2026年8月21日放送予定の「ガイアの夜明け」に、規模拡大よりも持続可能な商売を目指す起業家として出演予定です。
「京大を出て電通に入ったのに、なぜ群馬でパンの会社を?」と気になった方も多いのではないでしょうか。
この記事では、矢野健太さんのプロフィールや学歴、電通を辞めてから創業に至るまでの経歴、そして結婚や家族についても調べてまとめました。気になる方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね!

京大・電通を経て群馬でパンの会社を立ち上げた起業家
矢野健太さんは、京都大学を卒業後、大手広告代理店の電通に入社するという、いわゆる「エリートコース」を歩んでいた人物です。
しかし、わずか3年ほどで電通を退職。その後、教育系ベンチャーや群馬県のNPO法人を経て、2017年に株式会社パンフォーユーを群馬県桐生市で立ち上げました。
華やかな経歴をあえて手放して、地方でパンの会社を始めた——その背景には「地方に魅力のある仕事をつくりたい」という強い思いがあったそうです。
わたくし自身、日々多くの方とお話しする仕事をしていますが、自分の信じた道をまっすぐ進む方って、言葉にしっかりとした芯がありますよね。矢野さんのインタビューを読んでいても、そんな印象を受けました。
Wikiプロフィール|年齢や出身地をチェック
まずは矢野健太さんの基本プロフィールを整理します。
| 名前 | 矢野健太(やの けんた) |
|---|---|
| 生年月日 | 1989年1月18日 |
| 年齢 | 37歳(2026年8月現在) |
| 出身 | 東京都生まれ、群馬県育ち |
| 出身大学 | 京都大学経済学部 |
| 職業 | 株式会社パンフォーユー 代表取締役 |
1989年生まれ・東京生まれの群馬育ち
矢野健太さんは1989年1月18日生まれです。出生地は東京都浅草で、その後群馬県で育ちました。パンフォーユーの公式プロフィールでは「群馬県太田市出身」と紹介されていることもあります。
大学進学で京都へ、就職で名古屋へと各地を経験した後、最終的に群馬県桐生市に戻って起業しています。さまざまな場所を経験したうえで、自分の原点である群馬を選んだというのが素敵ですよね。
出身大学は京都大学経済学部
矢野さんは京都大学経済学部を2011年に卒業しています。
大学ではアメリカンフットボール部に所属し、ポジションはクォーターバックでした。京都大学の創立125周年に寄せたメッセージでは、「四年間をアメフト部で過ごし、精神的にも肉体的にも限界まで挑戦する機会を得た」と振り返っています。
攻撃の司令塔として自分の判断でチームを率いる経験が、のちの起業家としての素地をつくったのかもしれませんね。
出身高校はどこ?学歴についてわかっていること
矢野健太さんの出身高校について、具体的な学校名は公表されていません。群馬県で育ったことは明らかにされていますが、本人や学校からの発信で特定できる情報は見つかりませんでした。
ただ、学生時代のスポーツや活動については本人が語っている部分がありますので、そちらを紹介しますね。
中学時代は硬式野球に打ち込んでいた
矢野さんは幼少期から野球に取り組み、中学では硬式のシニアリーグに進んだそうです。地元群馬県の強豪校への進学も視野に入れていたようですが、中学2年頃に肘を痛めたことで野球を断念しました。
好きなことに一生懸命取り組んでいたからこそ、断念するのはとても辛かったのではないかと思います。
高校ではハンドボール部と生徒会長を経験
高校ではハンドボール部に所属し、勉学にも励みながら生徒会長も務めました。本人はこの時期について「組織を率いる憧れが芽生えてきた」と語っています。
スポーツとリーダー経験の両方を高校時代に積んでいたんですね。こつこつ積み上げてきたものが、今のキャリアに繋がっていると感じます。
電通を辞めて群馬へ——キャリアの転機はいつだった?
京都大学を卒業した矢野さんは、2011年に株式会社電通に入社します。しかし、2014年に退職。そこからのキャリアの変遷が、現在のパンフォーユーにつながっていきます。
電通では名古屋で交通広告を担当
電通では名古屋支社(中部支社)に配属され、交通広告や屋外広告のメディアバイイング、企画立案を担当していました。
一方で、在職中からNPOなど社会貢献に携わる方々と交流する機会があり、「国連やNPO関連の事業にキャリアを移したい」と考え始めたそうです。大手企業で安定したポジションにいながら、新しい方向へ踏み出す決断ができるのは、なかなかできることではないですよね。
教育系ベンチャーと地域NPO「キッズバレイ」での経験
電通を退職後、矢野さんは教育系ベンチャー企業を経て、群馬県桐生市のNPO法人キッズバレイに事務局長として加わりました。キッズバレイは子育て世代の暮らしと仕事を支援する団体です。
このNPOでの活動中に、パンメーカーの経営者との出会いがあり、パンの事業に関わるようになったことが、のちの起業の直接的なきっかけとなりました。
人との出会いが人生を変えることってありますよね。わたくしも仕事柄、コミュニケーションの大切さを日々感じていますが、矢野さんのキャリアもまさに「人との繋がり」がターニングポイントになっています。
パンフォーユー創業の原点は「地方に魅力ある仕事をつくりたい」
矢野さんが起業に踏み切った根本にあるのは、「地方にも魅力的な仕事をつくりたい」という思いです。
2017年に群馬県桐生市で設立
2017年1月、矢野さんは株式会社パンフォーユーを設立しました。本社は群馬県桐生市。東京ではなく、あえて地方を拠点に選んだのは、「地方から新しい事業を生み出す」という創業の理念そのものを体現するためだったといえます。
事業の軸は、地域のパン屋が作ったパンを冷凍して全国に届ける仕組みです。パン屋にとっては販路の拡大、消費者にとっては遠くのパン屋の味を楽しめるというメリットがあります。
冷凍パン定期便「パンスク」が話題に
2020年に始まったパンスクは、全国のパン屋から冷凍パンが毎月届く定期便サービスです。2023年6月放送の「カンブリア宮殿」出演時には、個人会員が約3.5万人、提携ベーカリーは約1,050店舗と紹介されていました。
そのほかにも、オフィス向けの福利厚生サービスや、法人向けの冷凍パン卸・OEM事業なども展開しています。
AIと需要予測で食品ロスや長時間労働に挑む
さらに矢野さんは、AIを活用した需要予測にも取り組んでいます。店頭に並ぶパンの写真をAIが解析して、陳列数や売れ残りを記録。そのデータを蓄積することで、「明日は何個作ればいいか」を予測できる仕組みを目指しています。
パン屋さんの「作りすぎればロス、作らなければ機会損失」というジレンマに、テクノロジーで向き合おうとしているんですね。地道にデータを積み上げるという姿勢には、「こつこつ続ける」ことの大切さを感じます。
結婚や妻・子供について公表されている?
矢野健太さんの結婚や妻、子供については、公式プロフィールや本人インタビューで公表されている情報は確認できませんでした。
パンフォーユーの公式サイト、カンブリア宮殿出演時のプロフィール、各種メディアのインタビューなどを確認しましたが、いずれもプライベートの家族構成には触れられていません。
なお、カンブリア宮殿の放送回に「妻」という言葉が出てきますが、これは村上龍さんが編集後記で自身の妻について書いたもので、矢野さんの家族に関する記述ではありません。
今後、ご本人から発信があれば追記していきますね。
【ガイアの夜明け】ではどんな内容で紹介される?
2026年8月21日22時放送予定の「ガイアの夜明け」では、「幸せを生む!パンとおにぎり~成長より持続、食の新戦略~」というテーマで矢野健太さんが取り上げられます。
番組の予告によると、パンフォーユーが展開する全国のパン店の品を取りそろえる常設店の取り組みや、AIを活用して食品ロスや長時間労働の解決に挑む姿が紹介されるようです。
ちなみにパンフォーユーが「ガイアの夜明け」に登場するのは、2021年4月30日の放送に続いて今回が2回目。矢野さん本人もXで「食品ロスなど業界の課題にAIも活用しながら向き合ってきた日々を取材いただきました」と告知しています。5年間でどんな進化を遂げたのか、放送が楽しみですね!
まとめ:エリートコースより「自分の信じる道」を選んだ起業家
矢野健太さんについて、この記事でわかったことをまとめます。
・1989年1月18日生まれ、東京都浅草出身・群馬県育ち
・京都大学経済学部卒業、大学ではアメフト部のクォーターバック
・2011年に電通入社、名古屋支社で交通広告を担当
・2014年に退職後、教育系ベンチャーやNPO法人キッズバレイを経験
・2017年に群馬県桐生市で株式会社パンフォーユーを設立
・冷凍パン定期便「パンスク」やAI需要予測など幅広く展開 ・結婚や家族の情報は公表されていない
京大を出て電通に入り、そこからあえて地方へ——その選択の裏には、「地方に魅力のある仕事をつくりたい」という一貫した思いがありました。派手さよりも地道な積み重ねを大切にする矢野さんの姿勢は、多くの人の心に響くのではないでしょうか。
矢野健太さんの新しい情報が入ったら、また追記していきますね。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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