2026年8月23日放送の日曜劇場『VIVANT』第15話。
大きな一眼レフカメラを構えて野崎(阿部寛)を監視していた黒髪ロングの女性に、「この人、誰?」と思った方も多いのではないでしょうか。
翌24日、この女性がシンガーソングライターのレイヤマダさんであること、そして新たな別班員としてレギュラー出演することが正式に発表されました。
歌手がなぜ『VIVANT』に? まったくの新人なの? そして「レイヤマダ」という名前も、ちょっと気になりますよね。
この記事では、レイヤマダさんの年齢や経歴、母親、身長や結婚について、さらに歌手から『VIVANT』の別班員として出演するまでの歩みを、確認できた情報をもとにまとめます。
レイヤマダは何者?
レイヤマダさんは、2013年にデビューした東京生まれのシンガーソングライターです。
クラシック歌手の母親のもとで育ち、学生時代からライブ活動をスタート。10年以上にわたって歌手として活動する一方、近年は俳優としても表現の幅を広げています。
そして2026年、『VIVANT』で地上波ドラマ初出演を果たしました。
レイヤマダのプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | レイヤマダ |
| 英語表記 | Ray Yamada |
| 公式サイトで確認できる表記 | 山田玲/Ray Yamada |
| 生年月日 | 1985年5月15日(WEBザテレビジョン掲載情報) |
| 年齢 | 41歳(2026年8月現在) |
| 出身 | 東京都 |
| 職業 | シンガーソングライター・俳優 |
| デビュー | 2013年 |
| 活動拠点 | 東京 |
| その他 | 島根県ふるさと親善大使「遣島使」、松江市観光大使 |
WEBザテレビジョンのプロフィールでは、レイヤマダさんは1985年5月15日生まれと紹介されています。
また、本人もInstagramで「私は515に生まれた」と明かしているため、5月15日が誕生日であることは本人発信からも確認できます。
1985年生まれという情報に基づくと、2026年8月現在の年齢は41歳です。
なぜ「ヤマダレイ」ではなく「レイヤマダ」?
レイヤマダさんの名前を見て、わたくしが最初に気になったのがここでした。
「山田玲さんなら、“ヤマダレイ”じゃないの?」
同じように思った方もいるのではないでしょうか。
レイヤマダさんの公式サイトでは、「山田玲/Ray Yamada」という表記が確認できます。
また、歌手として「Ray Yamada」のアーティスト名で長年活動しており、島根県の公式情報でも「レイヤマダ(れいやまだ)」と表記されています。
つまり、『VIVANT』出演をきっかけに「レイヤマダ」という名前を使い始めたわけではなく、歌手時代から使ってきた活動名なんですね。
ただし、なぜ「山田玲」から名前と名字の順番を入れ替えた「Ray Yamada」とし、「レイヤマダ」と名乗るようになったのか、その理由を本人が説明した公表情報は確認できませんでした。
海外でのライブ経験もあるレイヤマダさんですが、「海外活動を意識してこの名前にした」などと断定できる根拠はありません。
名前の由来については、いつか本人の口から聞いてみたいところです。
レイヤマダの身長は?
レイヤマダさんの身長について調べましたが、2026年8月現在、本人の公式プロフィールなど信頼できる情報源では公表値を確認できませんでした。
「Ray Yamada」という同名・類似名の別人物のプロフィールも検索結果に出てくるため、別人の身長をレイヤマダさんの情報として扱わないよう注意が必要です。
今後、本人や所属先などから公表された場合には追記したいと思います。
レイヤマダは歌手!これまでの経歴
母親はクラシック歌手!幼少期から音楽のある環境で育つ
2025年3月の音楽メディア「音魂」のインタビューで、レイヤマダさん本人が自身の生い立ちについて語っています。
東京生まれ・東京育ちで、母親がクラシック歌手という環境で育ったレイヤマダさん。
子どもの頃から音楽に親しんでいましたが、4歳のとき、テレビドラマの主題歌でTHE BLUE HEARTSの楽曲を聴き、大きな衝撃を受けたそうです。
クラシック歌手である母親の音楽とは異なるポップスやロックの世界に惹かれ、「自分で曲を書きたい」と思うようになったといいます。
クラシック音楽のある家庭で育ちながら、幼い頃にロックと出会ったことが、現在のレイヤマダさんにつながっているんですね。
同インタビューでは、母親が70代を超えても現役でクラシックのステージに立っていることも明かしています。
一方で、母親の名前や詳しいプロフィールについては、今回確認した公開情報では分かりませんでした。
学生時代からライブ活動!2013年にCDデビュー
レイヤマダさんは学生時代からライブ活動を行っていました。
正式なCDデビューは20代後半。
ライブを見に来ていたレコードレーベル関係者から声をかけられたことがきっかけで、リリースにつながったと本人が語っています。
2013年、ファーストアルバム『COSMOPOLITAN』でデビュー。
公式プロフィールによると、その後はJ-WAVE番組のエンディングに楽曲が選ばれたほか、テレビ朝日系『世界の車窓から』にも楽曲が起用されるなど、活動の幅を広げていきました。
現在の公式プロフィールでは、アルバム3枚、シングル1枚をリリースしたと紹介されています。
台湾や中国でライブやフェスに出演するなど、海外での公演も経験しています。
学生時代からライブ活動を続け、その積み重ねがCDデビューへとつながっていったことが分かります。
阿木燿子・宇崎竜童の舞台にも出演
2018年には、阿木燿子さんがプロデュース・作詞、宇崎竜童さんが音楽監督・作曲を手がけた舞台『Ay曽根崎心中』に出演。
近松門左衛門の『曽根崎心中』をフラメンコで表現した作品で、レイヤマダさんは主人公・お初の「歌役」を担当しました。
公式プロフィールには、この公演を上皇上皇后両陛下が鑑賞されたことも記載されています。
また、2023年には阿木燿子さんが作詞した楽曲をカバーするプロジェクトをスタート。「プレイバックPart2」などを歌っています。
舞台で「歌役」を経験していたことを知ると、歌だけでなく以前からさまざまな形で表現に取り組んできた人物であることが分かります。
そして2026年、『VIVANT』で地上波ドラマ初出演。
歌手として長く活動してきたレイヤマダさんが、本格的に俳優という新しい表現の場へ踏み出しました。
レイヤマダはなぜVIVANT別班員に?
2025年には俳優業への挑戦を明かしていた
「歌手なのに、なぜいきなり『VIVANT』に?」
わたくしも気になって調べてみたところ、レイヤマダさんは『VIVANT』出演より前から、俳優業への挑戦を公にしていました。
2025年3月の「音魂」のインタビューでは、今後挑戦したいことについて、俳優業にも取り組むことになったと明かしています。
歌以外の表現に挑戦するのは初めてで、楽しみにしているという思いも語っていました。
つまり、『VIVANT』出演をきっかけに突然俳優へ転身したというわけではなく、少なくとも出演の約1年半前には、本人が俳優業に取り組むことを明らかにしていたことになります。
さらに、島根県の「遣島使」名簿でも、2026年にはレイヤマダさんの肩書が「シンガーソングライター・俳優」と記載されています。
長年続けてきた音楽活動と並行して、俳優としても活動を始めていたことが分かります。
ただし、『VIVANT』への具体的な起用理由や、オーディションだったのかオファーだったのかなどについては公表されていません。
そのため、「なぜレイヤマダさんが選ばれたのか」という直接的な理由については、現時点では分かっていません。
VIVANTではコーカサス地方担当の別班員
2026年8月23日放送の『VIVANT』第15話で、レイヤマダさんが登場しました。
野崎が潜伏しているゴルバド共和国・ルモー地区で、大きな一眼レフカメラを構え、野崎を監視していた女性です。
その後、野崎の住居を突き止め、別班本部へ情報を送っていたことが描かれました。
翌24日、レイヤマダさんが新たな別班員としてレギュラー出演することが正式に発表されました。
シンシーが拠点を置くコーカサス地方を担当する別班員で、今後は乃木(堺雅人)と深く関わっていく人物とされています。
また、高い戦闘能力を持つキャラクターであることも明かされています。
地上波ドラマ初出演でありながら、単発ゲストではなくレギュラーの別班員という重要なポジション。
歌手として10年以上のキャリアを重ねながら、41歳で新たな表現の場に挑戦している姿には、わたくしも自然と応援したくなります。
レイヤマダは結婚してる?夫や子供は?
2026年8月現在、レイヤマダさん本人の公式サイトや公開インタビュー、公式SNSなどを確認した範囲では、結婚について本人が公表した情報は確認できませんでした。
そのため、現在結婚しているかどうかは分かっていません。
夫や子供についても同様に、信頼できる公開情報は確認できませんでした。
公表していないだけという可能性もあるため、「独身」「夫はいない」「子供はいない」と断定することはできません。
今後、本人から公表されることがあれば追記したいと思います。
レイヤマダと島根の関係は?
レイヤマダさんは島根県出身ではなく、東京生まれ・東京育ちです。
島根との縁が始まったのは2014年。
2025年の「音魂」のインタビューによると、横浜で行われたレイヤマダさんのライブを見た島根県の高校教師から、「生徒たちの前で歌ってほしい」と声をかけられたことがきっかけでした。
そして2014年、江津工業高校の学園祭ライブで初めて島根県を訪れます。
実際に島根を訪れたレイヤマダさんはその風景に魅了され、その後も県内でライブを行うようになりました。
島根県の公式情報でも、江津工業高校でのライブをきっかけに、松江歴史館や興雲閣などで公演を行ってきたことが紹介されています。
また、美保神社を気に入り、「えにしのうた」という楽曲も制作しました。
こうした縁から、2017年には島根県ふるさと親善大使「遣島使(けんとうし)」に就任。松江市観光大使も務めています。
もともとは縁のなかった土地と、一つのライブをきっかけに長いつながりが生まれていく。
人生って、どこで何がつながるか分からないものですね。
まとめ
レイヤマダさんは、2013年にデビューした東京生まれのシンガーソングライターです。
クラシック歌手の母親のもとで育ち、学生時代からライブ活動を続けてきました。
2018年には『Ay曽根崎心中』でお初の「歌役」を務めるなど、歌を軸にさまざまな表現活動を経験。2025年には本人が俳優業への挑戦を明かしており、2026年、『VIVANT』で地上波ドラマ初出演を果たしました。
『VIVANT』では、コーカサス地方を担当する新たな別班員としてレギュラー出演しています。
また、「山田玲/Ray Yamada」という表記は公式サイトでも確認できますが、なぜ「ヤマダレイ」ではなく「レイヤマダ」という活動名にしたのか、その由来については本人から明かされていません。
結婚や身長についても、信頼できる公表情報を今回確認することはできませんでした。
歌手として長く活動してきたレイヤマダさんが、俳優という新しいフィールドでどんな姿を見せてくれるのか。
『VIVANT』での今後の活躍が楽しみです。


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