2026年8月30日放送の日本テレビ系『24時間テレビ49』で、元プロ野球選手・桑田真澄さんと次男・Mattさんの家族の物語が紹介されました。
放送前から気になっていたのが、番組表にあった「引きこもった息子」という言葉。
「Mattさんって引きこもっていたの?」「いつ頃?」「何があったの?」と驚いた方も多かったのではないでしょうか。
番組で明らかになったのは、Mattさんが芸能界デビュー後、激しい誹謗中傷を受け、一時は表舞台から姿を消し、「引きこもりのような生活」を送っていたということでした。
そこからMattさんを再び前へ向かわせたのが、父・桑田真澄さんや母・真紀さん、兄・真樹さんら家族の存在でした。
この記事では、『24時間テレビ49』で明かされたMattさんの少年時代から、野球をめぐる父とのすれ違い、引きこもりのような生活になった経緯、そして現在の親子関係までまとめます。
Mattはなぜ引きこもりのような生活に?
Mattさんが引きこもりのような生活になったのは、小学生の頃に野球をやめたことが直接のきっかけではありませんでした。
転機となったのは、芸能界に入り、個性的なメイクなどで注目を集めるようになってからです。
Mattさんはブライダルモデルのアルバイトをしたことをきっかけにメイクに興味を持つようになりました。
当時一緒に仕事をした彫りの深い外国人女性の姿にも影響を受け、自分でもメイクをするようになったといいます。
その後、ハロウィーンでジョーカーのメイクをした写真をSNSに投稿。その完成度の高さが話題となり、テレビ番組から出演オファーが届きました。
この時点では、Mattさんが「桑田真澄さんの息子」であることは広く知られていませんでした。
番組の打ち合わせで父親について聞かれ、桑田真澄さんの息子だと分かるとスタッフも驚いたそうです。
こうして「元巨人のエース・桑田真澄さんの息子」という意外性も注目され、Mattさんは一気に知られる存在になっていきました。
Mattに「キモイ」「消えろ」「死ね」など心ない言葉が
しかし、注目が集まる一方で、Mattさんには激しい誹謗中傷も向けられるようになります。
『24時間テレビ』では、自宅に「キモイ」「消えろ」「死ね」といった内容のFAXまで届いたことが紹介されました。
Mattさんは、自分自身が悪く言われること以上に、それを目にする家族の気持ちを考えたといいます。
「これをもらった親はどんな気持ちなんだろう」
そう考えるうちに、仕事を続けなくてもいいのではないか、表舞台からフェードアウトしてもいいのではないかと思うようになっていきました。
そして一時、表舞台から姿を消し、番組では「引きこもりのような生活」になったと紹介されました。
そのため、Mattさんについては「長期間の引きこもりだった」と断定するよりも、激しい誹謗中傷を受けた時期に「引きこもりのような生活を送っていた」とするのが、今回の放送内容に近い表現でしょう。
父・桑田真澄がMattを外食に誘った
そんなMattさんを外へ連れ出したのが、父・桑田真澄さんでした。
真澄さんはMattさんを外食に誘います。
そこでMattさんは、父に「もうテレビに出ない方がいいかな」という思いを打ち明けました。
すると真澄さんは、自身も現役選手時代に心ない扱いを受けた経験があることを話します。
しかし、真澄さんは野球で結果を出すことで乗り越えてきました。
だからこそMattさんにも、表舞台から消えるのではなく、自分の仕事を通して見返していけばいいという思いを伝えたのです。
そして何より大きかったのが、家族の存在でした。
父も母も兄もMattさんの味方であり、一番の応援者であることを真澄さんは伝えました。
それまで野球をめぐって何度もすれ違ってきた父からの言葉だからこそ、Mattさんにとって大きな支えになったのではないでしょうか。
Mattは子供の頃から野球の才能がすごかった
Mattさんと父・真澄さんのすれ違いは、幼い頃までさかのぼります。
実は真澄さんは、Mattさんが生まれる前から、お腹の中にいる息子を「Matt」と呼んでいたそうです。
海外でも通用するように、という思いがあったといいます。
Mattさんは7月18日生まれ。
真澄さんは幼いMattさんの首の太さや足の良さにも注目し、野球選手としての素質を感じていました。
良い野球選手には首が太い人が多く、真澄さん自身も選手を見る際には「首と足」を見るのだそうです。
さらに小学校入学前の運動会では、Mattさんがリレーで前を走る子を追い抜き、ぶっちぎりの1位に。
その姿を見た真澄さんは、Mattさんに野球をさせようとグローブを用意しました。
小学1年生から野球を始めたMattさんは、簡単にホームランを打ったり、投手としても才能を見せたりと、野球のセンスは抜群だったようです。
ところが、肝心のMattさん本人は野球に夢中にはなりませんでした。
泥んこになることが嫌で、服が汚れるスライディングもしない。
お尻が汚れることを気にして、バットを椅子がわりに座っていたそうです。
一方、たまごっちが好きだったり、クリスマスプレゼントに「天使の羽」を欲しがったりと、幼い頃から自分の「好き」がはっきりしている子供でした。
黒いランドセルに白い羽をつけて登校したこともあったそうです。
わたくしはこのエピソードを聞いて、現在のMattさんにつながるものを感じました。
周囲が思い描く「桑田真澄の息子」とは違っても、Mattさんの中には幼い頃からちゃんと「自分らしさ」があったのでしょうね。
Mattはなぜ小学6年生で野球をやめた?
真澄さんは、自身が父親から厳しい野球指導を受けた経験があったため、Mattさんに野球を強制することはしませんでした。
それでも、「小学6年生まで続ければ、いつか野球を好きになるだろう」と思っていたそうです。
しかし母・真紀さんは、Mattさんにとって野球を続けるのは難しいのではないかと感じていました。
そしてついにMattさん本人に、野球を続けたいのか尋ねます。
Mattさんの答えは「やりたくない」でした。
ところが、父に「野球をやめたい」と伝えることは簡単ではありませんでした。
中学進学を前に真澄さんが中学校での野球について話し始めると、Mattさんはトイレに閉じこもってしまいます。
そして、自分は野球をやらないならこの家にいてはいけないのではないか、という思いを初めて父にぶつけました。
ここで真澄さんは初めて、Mattさんが本当は野球をやりたくなかったことを知ったといいます。
真澄さんは、無理に野球をやらなくていいと伝え、Mattさんは小学校卒業を機に野球をやめることになりました。
「桑田真澄の息子」として見られることもストレスだった
Mattさんには、もうひとつの葛藤がありました。
学校でも「Matt」という一人の子供ではなく、「桑田真澄の息子」として見られることが多かったのです。
先生から前日の父の試合について話しかけられることもあり、どこに行っても父の存在がついて回りました。
もちろんMattさんは父が嫌いだったわけではありません。
むしろ、野球を好きではなかったのに小学6年生まで続けた背景には、大好きな父の存在がありました。
父の期待に応えたい。
でも、自分が本当に好きなのは別のもの。
子供ながらに、その間で揺れていたのかもしれません。
野球をやめて吹奏楽部へ!音楽の才能が開花
野球をやめたMattさんは、中学校で吹奏楽部に入ります。
音楽との出会いには、父・真澄さんも関係していました。
真澄さんが右肘のけがからのリハビリでピアノに取り組んでいた姿を見て、Mattさんもピアノに興味を持つようになったのです。
中学校では先生から「なぜ野球部に入らないのか」と聞かれることもあったそうですが、Mattさんは音楽の道へ。
やがて吹奏楽部の部長を務めるまでになり、音楽の才能を伸ばしていきます。
一方、野球をやめたことで父子の会話は減っていきました。
兄・真樹さんは野球を続けていたため、真澄さんには野球という共通の話題があります。
しかしMattさんが進んだ音楽の世界については、真澄さんも詳しくありません。
父と息子の間には、しばらく距離ができていきました。
そんなMattさんと音楽や楽器について話し、寄り添っていたのが母・真紀さんでした。
Mattさんはその後、音楽推薦で大学へ進学。
何かにのめり込むと、とことん追究する性格で、当時の夢はミュージシャンでした。
この頃になり、真澄さんもようやく「いつかMattは野球に戻ってくる」という思いを手放したといいます。
母・桑田真紀さんはMattの個性を信じ続けた
Mattさんの人生で大きな存在だったのが、母・桑田真紀さんです。
真紀さんは、Mattさんが野球を好きではないことにも早くから気づいていました。
音楽に進んだときも、メイクを始めたときも、その個性を受け止めています。
一方、真澄さんにとって、メイクをして華やかな姿で世間に出ていくMattさんは、自分が大切にしてきた身だしなみや社会のルールとは正反対に見える部分もあり、複雑な気持ちがあったようです。
そんな夫に真紀さんは、Mattさんは自分たちの子供なのだから大丈夫、信じようという思いを伝えました。
世間からどんな目で見られても、まず家族が本人を信じる。
今回の『24時間テレビ』を見ていると、桑田家がMattさんの個性を守ることができた大きな理由のひとつが、真紀さんの存在だったことが伝わってきました。
長嶋茂雄さんもMattの個性を認めていた
Mattさんがテレビで知られるようになると、真澄さんにも変化が起こります。
子供たちの野球教室で、真澄さんが「Mattのパパですよね?」と声をかけられるようになったのです。
かつてはMattさんが「桑田真澄の息子」として見られていましたが、今度は父が「Mattのパパ」として知られるようになりました。
さらに番組では、長嶋茂雄さんから真澄さんに、Mattさんについて、そのまま伸ばしてあげればいいという趣旨の言葉があったことも紹介されました。
野球とはまったく違う世界で、自分の力で「Matt」という存在を確立していったことが分かります。
現在のMattと桑田真澄はリスペクトし合う親子に
さまざまなすれ違いを経験したMattさんと真澄さんですが、現在は仕事で共演することもあります。
Mattさんは『24時間テレビ』の生放送で、これからもお互いをリスペクトし合っていきたいという思いを語りました。
番組で徳光和夫さんが指摘したのも印象的でした。
真澄さんは、野球について自分から進んで学び、自らの考えで道を切り開いてきた自立心の強い選手。
そして、その部分はMattさんにも似ているのではないかというのです。
真澄さんは野球。
Mattさんは音楽や美容。
進んだ道はまったく違います。
でも、「好きなものを自分で突き詰めていく」という部分では、実はよく似た親子なのかもしれません。
番組の最後には、Mattさんが自ら作詞作曲した「予想もつかないStory」を生歌唱しました。
野球選手になってほしいと願った父と、音楽や美容という自分の道を選んだ息子。
まさにタイトル通り、予想もつかない道を歩いてきた親子ですね。
まとめ
今回は、『24時間テレビ49』で紹介されたMattさんと父・桑田真澄さんの家族の物語についてまとめました。
Mattさんは芸能界デビュー後、個性的なメイクなどで注目される一方、激しい誹謗中傷を受けました。
自宅にまで心ないFAXが届き、家族の気持ちを考えたMattさんは仕事から離れ、番組で「引きこもりのような生活」と紹介される時期を経験しています。
そんなMattさんを外食へ誘い、自身の経験を交えながら、家族全員が味方であり応援者だと伝えたのが父・真澄さんでした。
少年時代には野球をめぐってすれ違い、一時は会話まで減ってしまった父と息子。
それでも最後には、それぞれが自分の道を突き詰めるという共通点を持つ、リスペクトし合う親子になっていました。
わたくしは今回の放送を見て、「子供のため」と思っていることと、子供自身が望んでいることは、必ずしも同じではないのだと改めて感じました。
それでも、途中ですれ違ったとしても、相手の思いを知って受け止めることで関係は変わっていく。
Mattさんと桑田真澄さんの物語は、そんな家族のあり方についても考えさせられるものでした。


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