2026年10月2日放送のテレビ東京系『ガイアの夜明け』「続・インフラ危機に挑む」に、株式会社エムビーエスの山本貴士さんが登場します。
山本さんは、2025年6月13日放送の『ガイアの夜明け』でも取り上げられた人物です。
エムビーエスが独自開発した「スケルトン工法」で、道路や橋、トンネルなど老朽化したインフラの補修に取り組んでいます。
今回の番組公式情報では、山本さんを取り組みの「立役者」と紹介。全国約1800か所の老朽化したインフラを補修してきたことや、異業種企業と進める新たなプロジェクトも取り上げられる予定です。
番組で山本さんを知って、「どんな人なんだろう?」「結婚して妻や子供はいるの?」「どんな経歴で社長になったの?」と気になった方もいるのではないでしょうか。
この記事では、確認できた本人インタビューや公式情報をもとに、山本貴士さんの妻や子供、学歴、経歴についてまとめます。
山本貴士は結婚して妻がいる?
2008年の本人インタビューで妻の存在を確認
山本貴士さんは結婚しているのでしょうか。
調べてみると、2008年4月に公開された起業支援サイト「DREAM GATE」の本人インタビューに、妻の存在が分かる発言がありました。
山本さんは、外壁リフォーム事業を始めたころについて振り返る中で、「嫁の実家」の外壁を使って試したことを明かしています。
この本人発言から、少なくとも2008年当時は結婚して妻がいたことが確認できます。
ただし、妻の氏名や年齢、職業などについては、今回確認した公式プロフィールや本人インタビューなどでは分かりませんでした。
また、インタビューから年月がたっているため、現在の婚姻状況についても確認できていません。
そのため、この記事では「2008年当時は妻がいたことが本人の発言から確認できる」という範囲にとどめます。
子供は長男がいることを本人が明かしていた
子供についても、同じ「DREAM GATE」の本人インタビューで確認することができました。
2008年当時、山本さんは休日の過ごし方について話す中で、長男が中学校に入ったことを明かしています。
さらに、休みの日には長男と映画を見たり、食事に出かけたりしていたことも語っていました。
つまり、少なくとも2008年の時点で、山本さんには中学生の長男がいたことが本人の発言から確認できます。
仕事だけでなく、休日には息子さんとの時間を過ごしていたことが分かるエピソードですね。
2008年当時に中学生だったため、現在は成人している年代です。
ただし、長男の氏名や正確な年齢、現在の職業などについては確認できていません。ご家族のプライバシーにも関わるため、この記事では公表されている範囲にとどめます。
山本貴士の学歴は?高校中退の理由
家庭の事情から高校を自主退学
山本貴士さんの学歴について、本人のインタビューによると、高校へ進学したものの自主退学しています。
山本さんは幼いころに父親の会社が倒産し、その後、両親が離婚しました。
高校へ進学したものの、家庭の生活費を補い、1歳下の妹を高校へ通わせるために、自分は高校を辞めて働く道を選んだことを本人が語っています。
高校を辞めた後は、トラック運転手の助手やラーメン店のホール係、物置の組み立てなど、いくつもの仕事を経験しました。アルバイトで得た収入の多くは、生活費や妹の学費に充てていたそうです。
10代でこうした事情を抱えながら働いていたことを知ると、「高校中退」という経歴だけでは見えてこない背景があったことが分かります。
なお、通っていた具体的な高校名については、今回確認した範囲では分かりませんでした。
「京都大学」と検索されるのはなぜ?
「山本貴士」と検索すると、関連キーワードに「京都大学」が出てくることがあります。
これは、京都大学に同姓同名の山本貴士教授がいるためと考えられます。
京都大学大学院工学研究科の山本貴士教授は、コンクリート構造物の補修・補強などを研究している方です。
エムビーエスもコンクリート構造物の補修を手がけているため、検索結果で混同しやすいのかもしれません。
ただし、株式会社エムビーエス社長の山本貴士さんとは別人です。
エムビーエスの山本さんが京都大学出身という情報は確認できませんでした。
山本貴士の経歴!高校中退から上場企業社長へ
18歳でヤナセに入社
山本貴士さんは1972年7月17日、山口県宇部市生まれです。
幼いころに父親の会社が倒産し、両親の離婚後は群馬県で暮らしていた時期もありました。中学時代は野球に打ち込んでいたそうです。
高校を辞めた後はアルバイトをしながら働いていましたが、18歳のころに転機が訪れます。
本人インタビューによると、中学時代に一緒に野球をしていた仲間が甲子園で活躍する姿をテレビで見たことをきっかけに、自分も社長を目指そうと考えるようになったといいます。
その後、山本さんはヤナセに入社。横浜に配属され、ドイツから輸送された高級外車の品質管理などを担当しました。
家庭の事情から高校を辞めて働き始めた山本さんにとって、18歳で抱いた「社長になる」という目標が、その後の起業へとつながっていきます。
20歳で宇部に戻り足場業を創業
20歳のころ、山本さんは故郷の山口県宇部市に戻り、個人で足場業を始めました。
これが現在のエムビーエスにつながる事業の始まりです。
1997年6月には有限会社アクアビギを設立。その後、2001年に株式会社エムビーエスへ組織変更しました。
高校を辞めて働き始めた10代から、20歳で自ら事業を始めるまで、かなり早いスピードで人生の方向を決めていったことが分かります。
エムビーエスを設立し上場企業へ
エムビーエスは2005年に福岡証券取引所Q-Boardへ上場し、2015年には東京証券取引所マザーズにも上場しました。
2022年の東京証券取引所の市場再編後は、グロース市場へ移行しています。
2026年現在は、東京証券取引所グロース市場と福岡証券取引所Q-Boardに上場しています。
会社公式サイトによると、2026年5月現在の従業員数は103人です。
山本貴士さんは現在も代表取締役を務めています。
山本貴士のwiki風プロフィール
ここまでの内容をプロフィールとしてまとめます。
名前:山本貴士(やまもと・たかし)
生年月日:1972年7月17日
年齢:54歳(2026年10月現在)
出身地:山口県宇部市
職業:実業家
役職:株式会社エムビーエス代表取締役
学歴:高校中退
会社設立:1997年
主な事業:建造物のリフォーム、機能性塗料の開発・販売、建築工事など
高校を中退した後に働き始め、20歳で足場業を創業。そこから現在の上場企業エムビーエスを築いてきたという、特徴的な経歴を持つ人物です。
ガイアの夜明けで注目!スケルトン工法とは?
山本貴士さんは、2026年10月2日放送の『ガイアの夜明け』「続・インフラ危機に挑む」に登場します。
山本さんは2025年6月13日放送の『ガイアの夜明け』でも取り上げられており、今回はその続編です。
番組で紹介されるエムビーエス独自の「スケルトン工法」は、既存のコンクリート構造物を特殊なシートとコーティング材で覆い、強度を持たせながら寿命を延ばす工法です。
大きな特徴のひとつが、施工後もコンクリート表面が透けて見えること。補修後にひび割れなどが発生した場合も、表面の状態を目視で確認しやすくなっています。
補修して終わりではなく、その後の状態も確認しやすいというのは、インフラを長く維持していくうえで興味深い特徴だと感じました。
採用実績については、2025年6月の『ガイアの夜明け』では全国約1600か所と紹介されていました。
一方、2026年10月2日の番組公式情報では、「全国約1800箇所の老朽化したインフラを補修」と紹介されています。
さらに今回の放送では、山本さんを「立役者」とする異業種企業との新たなプロジェクトも取り上げられる予定です。
10月2日(金)は「続・インフラ危機に挑む」。いま豪雨や地震が老朽化する道路や橋に打撃を与えています。そんな中、画期的な補修技術を持つ元ヤンキーの“革命児”と電子部品大手 村田製作所の“発明王”がタッグを組み、インフラ点検の秘策を共同開発!ドーナッツ ロボティクスの“職人ロボ”も参戦します! pic.twitter.com/IMKzhHNZnr
— ガイアの夜明け 番組公式X(ツイッター) (@gaia_no_yoake) September 30, 2026
まとめ
今回は、株式会社エムビーエス代表取締役・山本貴士さんの妻や子供、学歴、経歴について調べました。
2008年の本人インタビューでは「嫁の実家」という発言があり、少なくとも当時は結婚して妻がいたことが確認できます。
また、同じインタビューで、中学生になった長男と映画や食事に出かけていたことも明かしていました。
学歴については、高校へ進学したものの、家庭の生活費を補い、1歳下の妹を高校へ通わせるために自主退学。その後、18歳でヤナセに入社し、20歳で故郷の宇部市へ戻って足場業を始めました。
1997年には現在のエムビーエスにつながる会社を設立し、現在は上場企業の代表取締役を務めています。
「高校中退から上場企業社長へ」という経歴だけを見ると華やかに感じますが、その背景には10代のころから働き、家族を支えてきた経験がありました。
2026年10月2日の『ガイアの夜明け』では、山本さんが関わる異業種企業との新たなプロジェクトがどのように紹介されるのか注目です。


コメント