2026年8月29日・30日放送の日本テレビ系『24時間テレビ49』に、スタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫さんと娘の鈴木麻実子さんが、親子でテレビ初共演することが発表されています。
「鈴木麻実子さんって何者?」
名前を見て、そう思った方もいるのではないでしょうか。
鈴木麻実子さんは、鈴木敏夫さんの長女であり、ジブリ映画『耳をすませば』の主題歌「カントリー・ロード」の日本語詞(訳詞)を手がけた作詞家です。
あの「カントリー・ロード」の日本語詞を書いたのが、鈴木敏夫さんの娘だったとは。わたくしも今回調べてみて、「そうだったのか!」と驚きました。
この記事では、鈴木麻実子さんの年齢や経歴、「カントリー・ロード」の訳詞を担当した経緯、結婚や夫・子供のこと、そして父・鈴木敏夫さんとの親子関係についてまとめます。
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— suzukima35 (@suzukima35) June 27, 2026
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鈴木麻実子は何者?鈴木敏夫の娘で現在は作詞家
鈴木麻実子(すずき・まみこ)さんは、スタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫さんの長女で、作詞家・エッセイストとして活動している人物です。
代表的な仕事として知られているのが、映画『耳をすませば』の主題歌「カントリー・ロード」の日本語詞(訳詞)。
ほかにもゲーム『二ノ国』の主題歌「心のかけら」や、平原綾香さんの「ふたたび」などの作詞を手がけています。
2023年10月には初のエッセイ集『鈴木家の箱』(筑摩書房)を出版。鈴木敏夫さんとの親子関係や「カントリー・ロード」の裏話、自身の子育てなどについても綴っています。
鈴木麻実子は1976年生まれ!年齢や出身地は?
鈴木麻実子さんは1976年、東京都・恵比寿生まれです。
2026年に50歳を迎える年齢ですが、正確な生年月日は公表されていないため、2026年8月時点で49歳か50歳かは断定できません。
父・鈴木敏夫さんが28歳、母が27歳のときに誕生したひとり娘です。
鈴木麻実子の大学や学歴は?
鈴木麻実子さんの大学について気になっている方もいるようですが、今回調べたところ、出身大学や大学進学について、本人のプロフィールや信頼できるメディアで確認できる情報は見つかりませんでした。
鈴木麻実子さんは1976年に鈴木敏夫さんの長女として恵比寿に生まれ、「カントリー・ロード」の日本語詞をはじめ、さまざまな楽曲の作詞を手がけてきました。現在公表されているプロフィールでも、大学名など詳しい学歴については紹介されていません。
そのため、ネット上で大学名に関する情報を見かけても、確かな出典がないものについては注意が必要です。
父・鈴木敏夫さんが慶應義塾大学出身ということもあり、娘の麻実子さんの学歴も気になるところですが、父親の学歴から娘の進学先を推測することはできません。
ここは、確認できていない大学名を無理に紹介せず、「公表されていない」というところまでにしておきたいと思います。
美容サロンのマネジメントを経て作詞家として活動
鈴木敏夫さんの娘と聞くと、「ずっとジブリに近い世界で仕事をしてきたのかな?」と思ってしまいますよね。
ところが、実際の経歴はちょっと意外です。
高校卒業後は飲食店で接客の仕事を経験し、その後、美容サロンのマネジメント業に携わりました。
作詞については、依頼があったときに引き受けるというスタイルで活動してきたことを本人がインタビューで語っています。
「鈴木敏夫の娘」という肩書だけでは見えてこない、自分自身の道を歩んできた人なんですね。
鈴木麻実子の経歴!カントリーロード以外の作詞作品も
美容サロンでは店舗拡大にも携わった
鈴木麻実子さんは、美容サロンのマネジメント業に携わり、店舗拡大にも貢献した経歴があります。
また、「書く仕事をしたい」という気持ちも持ち続けており、ライターの面接を受けた経験もあるそうです。
ただ、取材をして記事を書く仕事は自分には合わないと感じ、作詞の依頼が来たときに引き受けるというスタイルで活動してきました。
有名なジブリプロデューサーの娘でありながら、最初から父と同じ世界に入ったわけではなく、美容業界で仕事を積み重ねてきた麻実子さん。
親が有名だからこそ、その肩書とは別の場所で積み重ねてきた時間にも、その人らしさが表れるような気がします。
「心のかけら」などの作詞も担当
「カントリー・ロード」以外にも、鈴木麻実子さんはいくつかの作詞作品を手がけています。
ゲーム『二ノ国』の主題歌「心のかけら」は、作曲を久石譲さんが担当し、ボーカルは久石さんの娘・麻衣さんが務めた楽曲。鈴木麻実子さんはこの曲の作詞を担当しています。
また、平原綾香さんが歌う「ふたたび」の作詞も手がけています。
こうして見ると、「鈴木敏夫さんの娘」というだけではなく、鈴木麻実子さん自身も“言葉”に関わる仕事を続けてきたことがわかります。
現在はエッセイ出版など活動の幅を広げている
2023年10月には、初のエッセイ集『鈴木家の箱』を出版しました。
同書では、恵比寿での暮らしや鈴木家の日常、「カントリー・ロード」誕生の裏話などが綴られています。
また、父・鈴木敏夫さんのファンとの交流の場であるオンラインサロン「鈴木Pファミリー」の運営にも携わっています。
鈴木麻実子が「カントリー・ロード」の訳詞を担当したのはなぜ?
18歳で「カントリー・ロード」の日本語詞を手がけた
鈴木麻実子さんが『耳をすませば』の「カントリー・ロード」の日本語詞を手がけたのは、18歳のときでした。
本人のインタビューによると、きっかけは父・鈴木敏夫さんからの声かけ。
当時、宮崎駿監督が「カントリー・ロード」の訳詞に取り組んでいたものの、なかなか進まず、宮崎監督から「鈴木さんの娘に書いてもらおう」という話が出たそうです。
映画の主人公が中学生だったことから、年齢の近い10代の感性を求めたという背景もありました。
麻実子さん自身は中学生のころから詩を書くことが好きで、ノートに書きためていたそうですが、作詞の経験はありませんでした。
本人は当時について、「書けなくてもいいや」くらいの軽い気持ちで取り組んだと振り返っています。
さらに面白いのが、18歳の麻実子さんが10代の少女の気持ちをそのまま書いたわけではなかったこと。
「23歳くらい」「働いている人」、さらに男性をイメージして書いたといい、本人も採用されるとは思っていなかったそうです。
それが、今では多くの人が知る「カントリー・ロード」になったのですから、人生ってどこで何につながるかわからないものですね。
最終的に麻実子さんの詞が採用され、宮崎駿監督による補作を経て、映画の主題歌として完成しました。
宮崎駿から「なんであんな歌詞が書けたんですか?」と電話も
完成した日本語詞を見た宮崎駿監督から、麻実子さんに直接電話がかかってきたそうです。
宮崎監督から、なぜあのような歌詞が書けたのかと尋ねられた麻実子さんは、緊張のあまり「思い浮かんだから」としか答えられなかったと振り返っています。
そして、このとき宮崎監督からかけられた言葉を「今でも忘れられません」と語っています。
18歳の自分が書いた詞を読んだ宮崎駿監督から、突然そんな電話がかかってきたら――。
わたくしだったら、嬉しさより先に「えっ、宮崎駿さん!?」と頭が真っ白になってしまいそうです。
鈴木麻実子は結婚して夫や子供がいる?
鈴木麻実子は1児の母!息子とのエピソードも
鈴木麻実子さんは結婚しており、1児の母です。
筑摩書房の著者プロフィールにも「1児の母」と記載されています。また、TOKYO FM『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』の公式記事でも、麻実子さんが夫と息子とともにイベントに参加したことが紹介されています。
2023年のインタビュー当時、息子さんは小学6年生でした。
息子さんから、
「今日、ママの歌が流れていたよ」
と、お母さんが日本語詞を手がけた「カントリー・ロード」が流れていたことを教えてもらうこともあるそうです。
自分が18歳で書いた歌を、何十年後かに自分の子供が耳にする。
考えてみると、なんとも不思議で素敵なつながりですね。
夫について公表されている情報は?
鈴木麻実子さんの夫については、結婚していることは確認できるものの、名前や職業、馴れ初めなど詳しい情報は公表されていません。
そのため、夫については確認できる情報以上のことを推測するのは控えたいと思います。
鈴木麻実子と父・鈴木敏夫の親子関係は?
子供時代は父の仕事やジブリに複雑な思いも
鈴木麻実子さんは、父・鈴木敏夫さんが仕事で多忙だったこともあり、幼少期に父と顔を合わせるのは日曜日くらいだったと語っています。
物心がつくまで、父が一緒に暮らしていることすら知らなかったほどだったそうです。
父の仕事を知る友人からは「ナウシカ〜」「トトロちゃん」などと呼ばれ、麻実子さん本人はそれが「嫌で嫌でしかたなかった」と振り返っています。
その反動もあり、ジブリ作品をあえて見ない時期もありました。
麻実子さんは、家族で食卓を囲むような普通の家庭に憧れ、それができないのは「ジブリのせいだ」と思っていたことも明かしています。
子供のころって、親が外でどんな仕事をしているのか、案外わからないものですよね。
まして麻実子さんにとっては、その仕事によって父となかなか会えなかったわけですから、「ジブリのせいだ」と思ってしまった気持ちも、なんだかわかる気がします。
自身が親になり父への気持ちにも変化
その後、麻実子さん自身が親になったことや、オンラインサロンを通じて父のファンから鈴木敏夫さんの仕事ぶりや人柄を聞くなかで、父を見る目も変化していったそうです。
本人はインタビューで、現在は父への尊敬の気持ちが強くなり、「父の娘でよかった」と思えるようになったことを語っています。
子供のころには近すぎて見えなかった父親の姿が、自分も親になり、父を知る人たちの話を聞くことで少しずつ見えてくる。
親子って、時間がたってから初めてわかることもあるのかもしれません。
24時間テレビで鈴木敏夫とテレビ初の親子共演
2026年8月29日・30日放送の『24時間テレビ49』(日本テレビ系)では、鈴木敏夫さんと鈴木麻実子さんがテレビで親子初共演する企画が予定されています。
今年のテーマは「わたしの家族の話〜あなたは誰を想う?〜」。
SixTONESのジェシーさんが2人に「家族」についてインタビューし、『耳をすませば』の「カントリー・ロード」の訳詞を担当した当時についても振り返る予定です。
子供のころには「ジブリのせいだ」とまで思っていた麻実子さんが、50歳を迎える年に父と並んでテレビに出演し、「家族」について話す。
そう考えると、今回の親子共演はちょっと見逃せません。
まとめ:鈴木麻実子は鈴木敏夫の娘で「カントリー・ロード」の訳詞を手がけた作詞家
鈴木麻実子さんは1976年生まれ、スタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫さんの長女です。
18歳のときに映画『耳をすませば』の主題歌「カントリー・ロード」の日本語詞(訳詞)を手がけ、宮崎駿監督の補作を経て映画の主題歌となりました。
美容サロンのマネジメント業で経験を積みながら、「心のかけら」「ふたたび」などの作詞も担当。2023年にはエッセイ集『鈴木家の箱』を出版し、現在は1児の母でもあります。
18歳のときに「書けなくてもいいや」くらいの気持ちで取り組んだ「カントリー・ロード」が、30年以上たった今も歌い継がれている。
そして50歳を迎える年に、今度は父と一緒にテレビでそのころを振り返る――。
人生って、どこで何がつながるかわからないものですね。
『24時間テレビ』で鈴木親子がどんな「家族の話」を聞かせてくれるのか、わたくしも楽しみにしています。


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