2026年8月9日放送の「情熱大陸」に出演した次田展之さん。番組の予告映像では、自らヘリコプターの操縦桿を握り、瀬戸内海の島から島へ患者のもとへ駆けつける姿が映し出されました。
正直、わたくしも最初は「空飛ぶ医師」というキャッチコピーに驚いたクチです。でも調べてみると、その経歴のすごさは”空を飛ぶ”どころじゃありませんでした。
医師でありながら、日本で2人目のプロ曲技飛行士。そして趣味は柔術と総合格闘技。この”三刀流”、いったいどんな半生を歩んできたのでしょうか。
基本プロフィール——医師でありながら空も飛ぶ
まずは、次田さんの基本的なプロフィールから見ていきましょう。
年齢や出身地、学歴について
次田展之さんは1973年1月生まれ、神奈川県出身の53歳です。日本大学医学部で学び、卒業後は日本大学医学部附属板橋病院に入局。医師としてのキャリアをスタートさせました。
現在の肩書——3つの診療所と医療法人理事長
現在は医療法人心海会の理事長として、瀬戸内海に浮かぶ3つの離島——広島県尾道市の百島(ももしま)、三原市の佐木島(さぎしま)、愛媛県上島町の岩城島(いわぎじま)——に診療所を構えています。
ちなみに2022年には、へき地医療への貢献が評価され「第9回やぶ医者大賞」を受賞しています。名前はユニークですが、過疎地で尽力する医師に贈られる、とても名誉ある賞なんですよ。
かつては日本で2人目のプロ曲技飛行士だった
次田さんの経歴で何より驚かされるのは、医師になる前から”空”への情熱を持っていたことです。
医学部時代にアメリカで飛行機の免許を取得
日本大学医学部在学中、次田さんは小型飛行機の操縦免許を取るためにアメリカへ渡りました。そこで目にしたのが、アクロバット飛行(曲技飛行)です。空をキャンバスに描くような圧倒的なパフォーマンスに心を奪われ、1999年には世界的エアショーパイロットのショーン・タッカー氏のもとをアポなしで訪ね、弟子入りを志願したといいます。
その行動力、医学生とは思えませんよね。
アクロバット飛行チーム「エアロック」での活躍
その後、帰国した次田さんは、元航空自衛隊パイロットのロック岩崎さんが率いる曲技飛行チーム「エアロック」に参加。コールサインは「NOBU(ノブ)」。2002年にはプロのエアショーパイロットとしてデビューし、医師とパイロットの”二足のわらじ”を本気で実践していたのです。
先輩の事故死が人生を変えた——離島医療への覚悟
順風満帆に見えた二刀流生活。しかし、ある出来事が次田さんの人生を大きく変えます。
曲技飛行チームを去った理由
次田さんはエアロックを脱退後、医師としての道に専念することを決めました。ところが、その直後、チームのリーダーだったロック岩崎さんが飛行訓練中の事故で命を落としてしまいます。
その死が、「自分にしかできない医療とは何か」を真剣に考えさせるきっかけになりました。
結婚したばかりで百島へ——麻酔科医の妻が背中を押した
そして迎えた大きな転機。神奈川から広島県・百島へ赴任するとき、次田さんは結婚したばかりでした。妻は麻酔科医で、当時は娘さんを妊娠中だったといいます。
普通なら、家族を連れて見知らぬ離島へ——というのは相当な決断です。しかし、妻は「最大の味方」として次田さんの背中を押してくれたそうです。
このエピソードを知ったとき、わたくしは胸が熱くなりました。誰かの人生を支える覚悟って、素敵ですよね。
2011年、百島診療所を開設するまで
大学付属病院で麻酔や救急救命、外科、皮膚科、内科と、あらゆる技術を徹底的に学んだ次田さん。そして2011年、ついに広島県尾道市の百島に最初の診療所を開設しました。医師が不在だった島に、一人の”覚悟”を持ったドクターがやってきた瞬間です。
瀬戸内海3つの島をヘリで飛び回る”フライングドクター”の現在
百島・佐木島・岩城島——3つの診療所の役割
現在、次田さんが診療する3つの島は、いずれも本州や四国と橋でつながっていません。島民が病院に行くには船に頼るしかなく、高齢者にとっては大きな負担でした。
そこで次田さんが選んだ移動手段が、自ら操縦するヘリコプターです。約10キロ先の離島へも空路でひとっ飛び。船の時刻表に縛られず、複数の島を同じ日に回れる——これは「医師でありパイロットである」次田さんだからこそ実現できる離島医療のかたちです。
2026年には、一度閉鎖された岩城島の診療所を改装して新たに開所。住民説明会には悪天候にもかかわらず島民が詰めかけ、期待の大きさを物語っていました。
「島民はみんな家族」——普段着で診る離島医療のかたち
次田さんの診療スタイルもユニークです。白衣ではなく普段着のまま診察し、患者の既往歴だけでなく、好きな食べ物や家族構成まで把握しようと努めています。
岩城島診療所の開所初日、一人暮らしの80代男性が「不整脈でいつ心臓が止まるか心配だ」と訴えました。次田さんは診察後、「心配ないよ!」と言い切り、冗談を交えながら普段の生活ぶりを聞き取ったそうです。帰り際、男性は「ひさしぶりに笑ったよ」と笑顔を見せたとか。
次田さんが届けているのは、医療だけではありません。「島民はみんな家族」——その言葉の重みが、じんわりと伝わってきます。
趣味は柔術と総合格闘技——53歳の”三刀流”が止まらない
そして、これまた驚きなのが次田さんの趣味が柔術と総合格闘技だということ。MBSの公式プロフィールにもしっかり記載されています。
医師、パイロット、そして格闘家——。ここまで来ると「三刀流」どころか、もはや一つのジャンルに収まりきらないエネルギーを感じます。53歳にしてこのバイタリティ。わたくしもボルダリングを少しかじったことがありますが、格闘技はまた別次元の体力と精神力が必要です。
趣味で終わらせず、すべての引き出しを離島医療に活かしている。それこそが次田展之という人の最大の魅力なのかもしれません。
世間の反応やSNSの声
情熱大陸の公式SNSでは、放送を前に告知が行われています。
公式Instagramでは「日曜夜の情熱大陸は、空飛ぶ医師、次田展之。患者さんを安心させてやりたい、元気にしてやりたい」と綴られ、公式X(旧Twitter)でも「空を飛び 島民の命を守る 瀬戸内海の”フライングドクター”」という言葉とともに次回予告が投稿されました。
放送前にもかかわらず、公式Facebookの告知投稿にはすでに数百のリアクションが集まっています。離島医療というテーマへの関心の高さがうかがえますね。
また、次田さんが運営する百島診療所の公式ブログ「百島診療所日記」では、事業用ヘリコプターの操縦資格取得など、日々の活動が綴られており、地域の人々からも温かいコメントが寄せられています。
まとめ:医師×パイロット×格闘家、次田展之の”三刀流”はすべて離島医療に生きている
医師、曲技飛行士、格闘家——。一見バラバラに見えるこの三つの顔は、実はすべて「人を守りたい」という一本の軸でつながっています。
先輩の死を乗り越え、妻に背中を押され、離島の人々と家族のように向き合う。その生き様には、わたくしも素直に心を動かされました。地道にコツコツと、でも大胆に——そんな人生の積み重ねが、今の次田展之さんをつくっているんですね。
これからの活躍がますます楽しみです。新しい情報が入ったら、また追記していきますね。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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