2026年8月27日放送のテレビ東京系『ナゼそこ?+』に、年収1300万円の生活を手放し、愛媛県の山中へ移住した坪井映二郎(つぼい・えいじろう)さんが登場しました。
番組を見て、「坪井映二郎さんって何者?」「年収1300万円だった仕事は?」「なぜそんな生活を捨てて山へ?」と気になった方も多いのではないでしょうか。
坪井さんは、一度無職になった経験を持ちながら、投資用不動産の営業でトップセールスとなり、20代で年収1300万円を得るまでになった人物です。
ところが現在は、妻の萌友(もゆ)さんと3人の子供とともに愛媛県松野町の山あいで暮らしています。
この記事では、坪井映二郎さんの経歴や仕事、年収1300万円の生活を手放した理由、妻・萌友さんや子供たち、現在の暮らしについてまとめます。
坪井映二郎さんは何者?プロフィール
坪井映二郎さんは1993年生まれで、2026年8月の『ナゼそこ?+』では32歳と紹介されました。
兵庫県芦屋市出身で、近畿大学を中退した後、2015年に陸上自衛隊へ入隊し、約4年間勤務しています。
その後、建設会社を経て投資用不動産会社の営業マンへ転身。
不動産営業ではトップセールスとなり、管理職も経験。20代で年収1300万円を得るまでになりました。
しかし2023年、一家で愛媛県北宇和郡松野町の目黒地区へ移住。
現在は自然に寄り添った暮らしを実践しながら、妻の萌友さんと3人の子供とともに新しい生活を築いています。
都会で高収入を得ていた会社員から、愛媛の山での暮らしへ。
現在だけを見ると想像しにくいですが、ここへたどり着くまでには大きな人生の転換がありました。
坪井映二郎さんは叔父の建設会社を辞めて無職に
坪井さんには、将来が約束されたように感じていた時期がありました。
『ナゼそこ?+』で語られたところによると、建設会社を経営していた叔父から、将来の後継者として声をかけられたのです。
坪井さんは建設について学ぶため専門学校へ。
会社の支援を受けながら学校へ通り、その間も給料が支払われ、将来は会社を継ぐという恵まれた環境だったといいます。
坪井さん自身、当時は「人生勝ったわ!」と思ったほどでした。
ところが状況が一変します。
叔父からは学業や仕事を優先するよう言われていましたが、交際していた萌友さんとの間に子供を授かりました。
仕事を第一に考えてほしかった叔父との考え方の違いから関係が悪化し、最終的には会社を辞めることに。
これから子供が生まれるというタイミングで、坪井さんは無職になってしまいました。
投資用不動産の営業で1位!年収1300万円を5年間
無職になった坪井さんが頼ったのが、投資用不動産を販売していた友人でした。
萌友さんと生まれてくる子供のために住む場所を探してもらっていたところ、その友人から営業職を勧められます。
「映二郎は絶対営業した方がいい」
そう背中を押され、友人の会社の面接を受けることになりました。
坪井さんが不動産業界を選んだ大きな理由は、家族のためにお金を稼ぐこと。
固定給はありましたが成果報酬の要素も大きい仕事だったといい、入社後はとにかく営業に打ち込みました。
大阪の梅田から難波まで歩きながら、スーツ姿の人たちに声をかけて営業する毎日。
最初の契約が取れたのは入社から約3か月後でした。
そこから紹介などを通じて契約が次々と決まり、営業成績は一気に上昇。入社1年目には社内営業成績1位となりました。
その後は管理職も経験し、番組では年収約1300万円を5年間得ていたと紹介されています。
無職からトップ営業マンへ。
家や車を買い、おいしいものを食べられる生活を手に入れた坪井さんでしたが、意外な出来事をきっかけに価値観が大きく変わっていきます。
坪井映二郎さんが年収1300万円を捨てた理由
自分で捕った魚が人生を変えた
きっかけのひとつになったのが、家族で海へモリ突きに行ったときのことでした。
初めて自分で魚を捕まえた坪井さんでしたが、そこで「どうやってさばけばいいのだろう?」となったといいます。
見よう見まねで魚をさばいて調理。
そして食べたとき、自分がスーパーで売られている魚を基準にして考えていたことに気づきました。
目の前にある自分で捕った魚こそ本来の姿なのに、自分は食べ物がどこから来て、どのように食卓へ届くのかをほとんど知らない。
そこから食について勉強するようになり、自分は「お金を稼ぐこと」については知っていても、生きていくうえで欠かせない食や自然について何も知らないのではないか、と考えるようになったそうです。
高収入を得ていた不動産の仕事についても、それまでとは違った目で見るようになりました。
年収1300万円を捨てた背景には、収入への不満ではなく、「これからはもっと生きている実感を持ちながら暮らしたい」という価値観の変化があったのです。
愛媛のおばあちゃんにもらった白菜に衝撃
そんな坪井さん一家が訪れたのが、愛媛県松野町の目黒地区でした。
そこで坪井さんを驚かせたのが、地域の人たちの温かさです。
あるおばあちゃんは家から出てくると、畑へ行って大きな白菜をいくつも採り、坪井さんたちに持たせてくれたといいます。
都会でお金を稼ぐ生活をしていた坪井さんには、「何かを受け取ったら、お金で対価を払う」という感覚がありました。
しかし、地域の人たちにとって野菜などを分けることは特別なことではありません。
その後も会う人たちからさまざまなものを分けてもらい、坪井さんはこれまで自分が暮らしてきた世界とは違う豊かさに触れることになります。
愛媛県の移住情報でも、坪井夫妻は現在の目黒地区に残る「お互いさま」の文化に魅力を感じていることを語っています。
お金だけでは測れない豊かさを実際に目の前で体験したことが、移住への大きな後押しになったようです。
妻・萌友さんの「ビビってんの?」で移住を決断
その日の夜、坪井さんは地域の人たちとの食事会に参加。
すっかり目黒地区を気に入り、その場で「移住します」と宣言しました。
ところが食事会が終わると、急に現実的な問題が頭をよぎります。
関西ではマンションを購入したばかり。仕事も順調で、管理職という立場もありました。
「本当に全部手放していいのか?」
迷い始めた坪井さんに、妻の萌友さんが放った言葉が印象的です。
「ビビってんの?」
萌友さんの方が移住に前向きだったそうで、この一言が坪井さんの覚悟を決めるきっかけになりました。
萌友さん自身も以前から田舎暮らしに興味があり、当初は関西圏を考えていたものの、松野町の豊かな自然と地域の人たちの優しさに触れて「ここで暮らしたい」と感じたそうです。
裕福な生活を手放すことへの不安もなかったと、番組では話していました。
妻・萌友さんと3人の子供
坪井映二郎さんの妻は、坪井萌友(つぼい・もゆ)さんです。
2026年8月の『ナゼそこ?+』では30歳と紹介されました。
夫妻には3人の子供がいます。
番組では、長男の元志(げんし)くんが6歳、次男の豪生(ごうせい)くんが4歳、長女のあさちゃんが1歳と紹介されました。
萌友さんも現在の暮らしや活動に深く関わっており、ママと子供が自然の中でゆっくり過ごせる場所づくりにも取り組んでいます。
夫についていったというより、移住を迷った映二郎さんの背中を押したのが萌友さんだったというところが、この家族らしくて印象に残ります。
愛媛の山で現在はどんな生活をしている?
松野町目黒地区の7LDK古民家で暮らす
坪井一家が暮らしているのは、愛媛県北宇和郡松野町の目黒地区です。
公開されている移住インタビューによると、一家が暮らしているのは7LDKの古民家。
裏山や畑、田んぼ、庭があり、車を7台ほど停められるスペースまでありながら、家賃は月1万円と紹介されています。
狩猟免許を持つ映二郎さんが鹿やイノシシを狩ったり、魚を釣ったり、地域の人から野菜を分けてもらったりすることもあるそうです。
『ナゼそこ?+』でも、ヨモギやワラビなど身近な自然の恵みを取り入れた食卓が登場。
玄米おにぎり、わらびの卵炒め、若竹煮、新玉ねぎの酢漬けなど、全7品の「ほぼ0円昼食」が紹介されました。
かつては年収1300万円を得ていた坪井さんですが、現在はまったく違った形の「豊かさ」を家族と楽しんでいるようです。
妻・萌友さんが「ままとこカフェ」をオープン
現在、坪井一家が取り組んでいる活動のひとつが「ままとこカフェ」です。
萌友さん本人のプロフィールによると、2026年2月にオープンしました。
「ママがゆっくり食事ができ、子供たちがのびのびと遊べる場所」を目指してつくられたカフェです。
萌友さんは以前から、子育て中のお母さんが安心して過ごせる場所づくりに取り組んでいます。
都会で仕事と子育てを経験し、愛媛へ移住した坪井一家だからこそ生まれた場所なのかもしれません。
365日川に飛び込む理由は独自の健康法
『ナゼそこ?+』でひときわ驚いたのが、坪井さんが365日、川に飛び込んでいることです。
本人によると、感覚としてはサウナに近く、デトックスを意識した独自の健康法なのだそう。
暖かい季節だけではありません。
雪が降る冬にも川へ入り、雪が積もって少し凍っているような時ほど「飛びごたえ」があり、テンションが上がるのだとか。
これはなかなか真似できそうにありませんが、自然そのものを生活の一部として楽しんでいる坪井さんらしい習慣ですね。
まとめ
坪井映二郎さんは、近畿大学を中退した後、2015年に陸上自衛隊へ入隊し、その後、建設会社を経て投資用不動産会社の営業マンとなった人物です。
一時は無職になりながらも、不動産営業でトップセールスとなり、20代で年収1300万円を得るまでになりました。
しかし、自分で捕った魚をきっかけに食や自然について考えるようになり、「お金を稼ぐこと」だけではない生き方を求めるようになります。
そして愛媛県松野町目黒地区を訪れ、豊かな自然と地域の人たちの温かさに触れて移住を決断。
現在は妻の萌友さんと3人の子供とともに、自然に寄り添った暮らしを送っています。
年収1300万円の生活を手放したと聞くと、最初は「もったいない」と感じてしまうかもしれません。
でも坪井さんは番組で、関西での暮らしも幸せだったと振り返りながら、それを手放したことで人生に「余裕」が生まれたと語っていました。
何かを失ったというより、自分たちが本当に望む暮らしを選び直した。
坪井一家の現在の生活を見ていると、「豊かさとは何だろう?」と、こちらまで少し考えさせられますね。


コメント