2026年9月に開催される愛知・名古屋アジア競技大会。女子棒高跳の日本代表として出場するのが、日本記録保持者の諸田実咲(もろた・みさき)選手です。
2026年5月には4m50の日本新記録を樹立し、日本女子棒高跳のトップ選手として活躍しています。
諸田選手について検索すると、「父」「大学」「中学」「身長」などが気になっている人も多いようです。実は、お父さんも陸上競技の経験者で、妹さんも棒高跳の選手だったという陸上一家。
この記事では、諸田実咲選手の父親や家族、中学・高校・大学などの学歴、身長などのプロフィール、さらに両手首の骨折から復帰し、日本記録4m50を樹立するまでの歩みをまとめます。
諸田実咲の父も陸上選手!やり投げの大学チャンピオン
諸田実咲選手の父親は、陸上競技の経験者です。
日本テレビの特集番組『上田晋也の日本メダル話』では、「やり投げ大学チャンピオンの父」と紹介されていました。
また、所属先のアットホーム公式noteのインタビューでも、諸田選手本人が「もともと父が陸上をしていて」と話しています。
棒高跳の選手のお父さんというと、同じ棒高跳の経験者なのかな?と思ってしまいますが、専門はやり投げだったんですね。
諸田選手と棒高跳との出会いは、小学4年生ごろ。父親の知り合いが作った棒高跳の施設へ遊びに行ったことがきっかけでした。
本人によると、当時は遊びの気持ちで始めたため、これほど長く棒高跳を続けるとは思っていなかったそうです。その後、小学6年生から本格的に競技に取り組むようになりました。
高校時代の日本テレビの特集では、父親が練習動画を撮影し、諸田選手がその映像を確認しながらフォームを研究する様子も紹介されています。
競技種目こそ違いますが、少なくとも高校時代には、父親が練習動画を撮影するなど競技面でも実咲選手を支えていたことがわかります。父娘にとって、陸上は共通の大切な存在だったのかもしれませんね。
なお、父親の氏名については、今回確認した信頼できる公表情報の中では確認できませんでした。
諸田実咲の妹・祐佳も棒高跳選手!陸上一家だった
諸田選手の家族について調べてみると、もうひとり陸上選手がいました。
妹の諸田祐佳(もろた・ゆか)さんも、女子棒高跳の選手だったのです。
祐佳さんは中央大学文学部に在籍し、陸上競技部で棒高跳に取り組んでいました。
2023年の日本選手権では、姉妹そろって女子棒高跳に出場。実咲選手が優勝し、祐佳さんも3m90を跳んで7位に入りました。
実咲選手は大会後、妹がそのシーズンで引退するため、姉妹で出場できる最初で最後の日本選手権だったと振り返り、祐佳さんも入賞できたことを喜んでいます。
姉妹で同じ種目を選び、同じ日本選手権の舞台に立てたのは、この大会が最初で最後。結果だけではなく、姉妹にとって忘れられない大会になったのではないでしょうか。
父親は元やり投げ選手、姉妹はそろって棒高跳。まさに陸上一家ですね。
なお、母親については、今回確認した範囲では詳しい公表情報は見つかりませんでした。
諸田実咲の中学・高校はどこ?
中学は大泉町立南中学校
諸田実咲選手の出身中学については、少し補足が必要です。
現在の日本陸連のプロフィールには、出身校として「邑楽中」と記載されています。
一方、地元・大泉町のスポーツ関連公式ページでは「大泉南中学校出身」と紹介されており、当時の群馬県陸上競技記録にも「諸田 実咲 大泉南中」と残っています。さらに、陸上競技専門メディアの月陸Onlineでも「大泉南中」とされています。
地元・大泉町の紹介と当時の競技記録が一致していることから、本記事では大泉町立南中学校(大泉南中)出身として紹介します。
ただし、日本陸連の現在のプロフィールには「邑楽中」と記載されており、資料によって表記が異なっている点には注意が必要です。
高校は群馬県立太田女子高校
高校は群馬県立太田女子高等学校に進学しました。こちらは日本陸連やJOCなど複数の公式資料で確認できます。
高校1年生だった2014年には、南京ユースオリンピックに出場。
高校に入って間もない時期に国際大会を経験していることからも、10代のころから高いレベルで競技に取り組んでいたことがわかります。
高校時代には日本テレビの番組でも取り上げられるなど、早くから将来を期待される棒高跳選手のひとりでした。
諸田実咲の大学は中央大学法学部
高校卒業後は中央大学法学部に進学しました。
中央大学の公式サイトでも、諸田選手が2021年に法学部を卒業したことが確認できます。
大学でも陸上競技部で棒高跳を続け、大学4年だった2020年8月には4m30を記録。当時の日本学生記録を樹立しました。
大学卒業後は栃木県のスポーツ協会に2年間所属し、2023年4月にアットホーム株式会社へ入社しています。
現在は味の素ナショナルトレーニングセンターを練習拠点としながら、週に1回オフィスへ出社する形で競技と仕事を両立しているそうです。
学生時代から記録を伸ばし続け、卒業後も競技を続けながら社会人として働く諸田選手。その積み重ねが、やがて日本記録へとつながっていきます。
諸田実咲は両手首を骨折!日本記録4m50までの復活がすごい
諸田選手の競技人生を語るうえで避けて通れないのが、2025年5月末のアジア選手権で起きた大きなアクシデントです。
強い風と雨の中での跳躍でマットの外へ着地し、両手首を骨折しました。
特に右手は手術でボルトを入れるほどの重傷でした。本人のインタビューでは、術後の握力が2kgほどまで落ち、固定していた手首もほとんど曲がらない状態からリハビリを始めたことが明かされています。
棒高跳は、ポールを握り、全身を使って体を持ち上げる競技です。
これほどのケガから再び跳べるようになるまでには、相当なリハビリが必要だったことが想像できます。
それでも諸田選手は競技復帰を目指し、約3か月後の2025年9月に開催された東京世界陸上に開催国枠で出場。予選では4m25を3回目の試技でクリアしました。
本人は後のインタビューで、世界陸上の舞台に立てたことへの感慨や、4m25の3回目については気持ちで跳んだような感覚だったことを振り返っています。
そして迎えた2026年5月10日の木南道孝記念陸上競技大会。
諸田選手は4m50を跳び、自身が持つ女子棒高跳の日本記録を更新しました。
【日本記録の推移】
・2023年4月:4m41(11年ぶりに日本記録を更新)
・2023年10月:4m48(杭州アジア大会・銀メダル)
・2026年5月:4m50(木南記念)
2023年10月の4m48から2年7か月ぶりの日本記録更新でした。
両手首の骨折から競技へ戻り、さらにその先で日本記録4m50へ。
数字だけを見れば「2cmの更新」ですが、そこへ至るまでの経緯を知ると、この4m50という記録がまた違って見えてきますね。
諸田実咲の身長・年齢などプロフィール
最後に、諸田実咲選手のプロフィールをまとめます。
名前:諸田実咲(もろた・みさき)
生年月日:1998年10月6日
年齢:27歳(2026年9月現在)
出身地:群馬県
所属:アットホーム株式会社
種目:女子棒高跳
出身中学:大泉町立南中学校として紹介(※日本陸連プロフィールには「邑楽中」と記載)
高校:群馬県立太田女子高等学校
大学:中央大学法学部(2021年卒)
自己ベスト・日本記録:4m50(2026年5月10日・木南記念)
身長については、2014年の南京ユースオリンピック時のJOCプロフィールでは165cm・49kg、2016年の日本テレビの特集では166cm・50kgと紹介されていました。
いずれも高校時代に公表されたデータです。現在の日本陸連プロフィールには身長・体重の記載がないため、現在の数値については確認できていません。
ちなみに高校時代の日本テレビの特集では、クラスで「オリジナルギャグ」を披露するムードメーカーとしても紹介されていました。
競技中に見せる真剣な表情とはまた違った一面ですね。棒高跳の実績だけでなく、そんな明るい人柄も諸田選手の魅力のひとつなのかもしれません。
まとめ
今回は、女子棒高跳の日本記録保持者・諸田実咲選手について調べました。
父親は陸上競技の経験者で、日本テレビではやり投げの大学チャンピオンとして紹介されています。妹の祐佳さんも棒高跳選手で、2023年の日本選手権では姉妹そろって出場しました。
出身中学は、地元・大泉町の公式ページや当時の競技記録では大泉町立南中学校(大泉南中)と確認できます。一方、日本陸連の現在のプロフィールには「邑楽中」と記載されており、資料によって表記が異なっています。
高校は群馬県立太田女子高校、大学は中央大学法学部。身長については、高校時代の公表資料で165~166cmと紹介されていました。
そして2025年には両手首を骨折する大きなアクシデントを経験。それでも約3か月後の東京世界陸上で競技に復帰し、2026年5月には4m50の日本記録を樹立しています。
わたくしが調べていて印象に残ったのは、小学生のころ「遊び」のような感覚で出会った棒高跳を、その後も長く続け、日本記録を持つ選手にまでなったことです。
父親との出会いから始まった棒高跳、姉妹で立った日本選手権、そして両手首の骨折からの復帰。諸田選手の4m50という記録には、数字だけでは見えてこないさまざまな経験が詰まっているように感じます。
2026年9月の愛知・名古屋アジア競技大会では、どんな跳躍を見せてくれるのでしょうか。日本記録保持者として挑む大舞台にも注目したいですね。


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