松岡茂樹は何者?借金2000万円から復活した経歴や妻・子供を調査!

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2026年11月6日(金)深夜放送予定のテレビ東京『DOORS 人生の鍵をくれた人』に、家具職人の松岡茂樹さんが登場します。

松岡さんは、東京都にある家具工房「KOMA」の代表です。国内外で数多くのデザイン賞を受賞している家具職人ですが、現在の成功に至るまでには、約2000万円の売掛金を回収できなくなるという経営危機も経験しています。

番組では、苦しい時期を支えた妻の言葉が紹介される予定です。

松岡さんは、どのような経歴の持ち主なのでしょうか。また、妻の久美子さんはどんな人なのでしょうか。

この記事では、松岡さんのプロフィールや経歴、経営危機から再起するまでの道のり、妻や子供、KOMAの実績について、本人や公式サイトが公表している情報をもとに紹介します。

松岡茂樹は何者?プロフィールを紹介

松岡茂樹の年齢・出身地・学歴

松岡茂樹(まつおか・しげき)さんは、1977年に東京都で生まれました。

家具職人であり、デザイナーとしても活動しています。

プロフィールをまとめると、次のようになります。

項目内容
名前松岡茂樹(まつおか・しげき)
生年1977年
年齢48~49歳(2026年10月時点)
出身地東京都
学歴美術学校卒業
職業家具職人・デザイナー
役職家具工房KOMA代表
独立2003年
主な受賞歴現代の名工、東京マイスター、国内外のデザイン賞多数

松岡さんは幼いころから絵を描いたり、ものを作ったりすることが好きだったそうです。

高校卒業前には、美術大学を目指す友人と予備校を訪れたことがきっかけで、ものづくりへの関心が再び強くなったとインタビューで語っています。

その後、美術学校に進学し、卒業後の2000年に家具職人としての修業を始めました。

なお、生年月日の詳細は確認できていないため、2026年10月時点の年齢は48歳または49歳となります。

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家具工房KOMAの代表を務める家具職人

松岡さんは、2003年に家具工房KOMAを立ち上げました。

KOMAは、東京都内に工房を構え、椅子やテーブルなどの木製家具を製作しているブランドです。

公式サイトでは「一点もの作品の美しさを満たした製品づくり」をコンセプトに掲げています。

職人が手仕事で家具を仕上げ、デザインの美しさだけでなく、使い心地や木材の質感にもこだわっているのが特徴です。

松岡さん自身もデザインや製作を手掛ける一方、工房を率いる親方として若い職人の育成にも取り組んでいます。

KOMAの公式Instagramでは、松岡さんがデザインした椅子「maerge chair」の製作風景も公開されています。

松岡茂樹の経歴は?22歳で家具職人の道へ

日田工芸で修業!失敗続きから新作椅子の開発を担当

松岡さんが家具職人として修業を始めたのは、2000年のことです。

埼玉県にあった家具メーカー「日田工芸」に入りました。

テレビ東京の番組予告では、22歳で家具職人の世界に飛び込んだと紹介されています。

ところが、修業を始めたころの松岡さんは、決して器用な職人ではなかったそうです。

KOMA公式の沿革によると、最初は失敗を繰り返し、叱られることも多かったといいます。

それでも家具づくりが楽しく、朝は誰よりも早く工房に入って手道具の練習をし、夜遅くまで作品づくりに取り組んでいました。

こうした努力を続けた結果、修業3年目には新作椅子の開発を任されるようになります。

3日間で2脚の新しい椅子をデザインから製作まで行うという、厳しい仕事だったそうです。

当初は失敗続きだった松岡さんが、わずか数年で新作の開発を任されるまでになったのです。

2003年に独立!KOMAを立ち上げるも苦しい生活に

2003年、松岡さんは独立を決意しました。

当時、彫金師として活動していた亀井さんを誘い、東京郊外に工房を開きます。

工房名の「KOMA」は、亀井さんの「K」と松岡さんの「M」を組み合わせて名付けられました。

しかし、独立後の生活は順調ではありませんでした。

仕事を確保するのは難しく、二人は意見の衝突から大喧嘩となり、工房はいったん解散してしまいます。

その後も松岡さんは一人で家具づくりを続けましたが、材料費や家賃の支払いにも苦労する状況でした。

それでも再び亀井さんを誘い、仲間とともに工房を立て直していきます。

少しずつ仕事が増え、従業員を雇えるようになったことで、2007年には株式会社KOMAを設立しました。

ようやく経営が軌道に乗り始めたかに見えましたが、その後、さらに大きな試練が待っていました。

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松岡茂樹が借金2000万円を抱えた理由とは?

リーマンショックなどの不況で取引先が次々と倒産

2008年ごろ、リーマンショックなどによる不況のなかで、KOMAの取引先だった建築業者などが相次いで倒産しました。

松岡さんが2016年3月14日に公開した本人のブログには、当時の詳しい状況が記されています。

それによると、取引先の倒産によって回収できなくなった売掛金は、合計で2000万円近くに達したそうです。

売掛金とは、商品やサービスを提供した後、まだ受け取っていない代金のことです。

KOMAの場合、家具などを製作して納めても、取引先が倒産したために代金を受け取れなくなってしまいました。

一方、工房には材料費や人件費などの支払いがあります。

松岡さんによると、入金がないにもかかわらず、600万円もの支払いが必要な月もあったそうです。

月末の支払いを考えると眠れず、夜中に一人で川沿いのベンチに座って過ごしたこともあったと振り返っています。

なお、テレビ東京の番組予告では「2000万円もの借金」と紹介されています。

ただし、松岡さん本人の説明で確認できるのは、取引先の倒産によって約2000万円の売掛金を回収できなくなったという経緯です。

借入金の有無や金額までは確認できないため、両者を混同しないようにしたいところです。

経営危機を救った仲間たちの協力

支払いに追われ、工房の存続も危ぶまれる状況でしたが、松岡さんを助けてくれたのは仕事仲間たちでした。

事情を知った仲間が、KOMAにあった在庫の家具を現金で購入してくれたそうです。

松岡さんは、このときの出来事を本人のブログで詳しく振り返っています。

支払いに追われる状況は続いたものの、周囲の協力によって何とか経営を持ちこたえることができました。

貯金はなくなってしまったそうですが、この経験を通じて仲間のありがたさを実感したといいます。

さらに、その仲間たちとの出会いをつないでくれたのが、家具業界の先輩である緑川敬二郎さんでした。

緑川さんは、その後も松岡さんに人や仕事の機会を紹介し、KOMAの成長を支える存在となりました。

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2009年に方針転換!2011年の伊勢丹家具展が転機に

経営危機を乗り越えた後も、KOMAには大きな課題が残っていました。

当時は建築業者などから仕事を請け負う下請け業務が中心でしたが、業界全体の仕事が減り、価格競争も激しくなっていたのです。

そこで松岡さんは、2009年に新しい方向を目指します。

それが、KOMA独自の家具を作り、一般のお客さんに直接販売することでした。

職人として本当に納得できる家具を作りたいという思いから、通常の仕事を終えた後も試作品の製作を続けました。

しかし、家具を作る技術はあっても、販売する場所や方法が分からず、苦労が続きます。

そんななか、2011年4月に大きなチャンスが訪れました。

緑川さんの紹介によって、新宿伊勢丹で「KOMA家具展」を開催できることになったのです。

東日本大震災の直後で、売り場への来客も少ない時期でした。

松岡さんは、目標としていた300万円の売り上げを達成できるか心配していたそうです。

ところが、実際の売り上げは450万円に達しました。

この成功がきっかけとなり、KOMAは全国の百貨店で家具展を開催するようになります。

下請け中心だった工房が、自社ブランドの家具を直接販売する方向へと歩み始めた、大きな転機となりました。

松岡茂樹の妻・久美子はどんな人?

妻・久美子さんは元百貨店社員でKOMA杉並本店長

松岡さんの妻は、松岡久美子さんです。

久美子さんは20歳から15年間、百貨店で勤務していました。

その後、百貨店を退職しますが、松岡さんからKOMAの直営店を任せたいと頼まれ、2013年に店舗運営を始めました。

当初は約10坪の小さなお店だったそうです。

現在はKOMA杉並本店の店長を務め、家具の販売に携わっています。

松岡さんが家具づくりを担い、久美子さんがお客さんに家具を届ける。

夫婦それぞれの立場から、KOMAを支えていることが分かります。

修業を始めて間もなく結婚!苦しい生活を支えた妻の言葉

松岡さんは、2020年10月18日付の文章で、久美子さんとの結婚について振り返っています。

それによると、家具職人の修業を始めて間もなく結婚したそうです。

修業を始めたのは2000年なので、結婚したのもそのころと考えられます。

その年には長女が生まれ、長女が2歳になったころ、松岡さんは独立することを決意しました。

久美子さんは、その決断に反対しなかったといいます。

ところが、独立後の生活は苦しく、アパートの家賃を払うことさえ難しい時期がありました。

それでも久美子さんは、不満を口にしなかったそうです。

数年後、生活が少し落ち着いたころ、松岡さんは久美子さんに、なぜ文句を言わなかったのか尋ねました。

すると、久美子さんはこう答えたといいます。

「頑張れる男だと信じているから」

松岡さんがKOMA公式noteで紹介している、夫婦のエピソードです。

この文章は2026年8月15日に公開されたnoteに掲載されていますが、もともとは2020年10月18日付で書かれたものです。

なお、この言葉は独立後の苦しい生活を振り返ったもので、2008年ごろの経営危機の際に伝えられた言葉と確認できたわけではありません。

11月6日の番組で紹介される妻の言葉が同じものなのかも、放送前の時点では分かっていません。

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毎年妻の誕生日に椅子をプレゼント!

松岡さんは、毎年久美子さんの誕生日に椅子を作ってプレゼントしているそうです。

2026年10月18日に公開されたKOMA公式noteでは、その理由や製作の様子について紹介されています。

普段の仕事やコンテストとは違い、結果を気にせず自由な発想で椅子を作れる機会になっているといいます。

そして、こうした挑戦が新しい家具の開発につながることもあるそうです。

実際に、妻への誕生日プレゼントとして製作した椅子が、ほぼそのまま製品化されたこともありました。

家族へのプレゼントが、新しい家具づくりのきっかけにもなっているのです。

松岡茂樹に子供は何人いる?

子供は4人!長女はKOMAの広報を担当

松岡さんと久美子さんには、4人の子供がいます。

松岡さん本人も、2020年10月18日付の文章で、久美子さんについて4人の子供の母親だと紹介しています。

また、KOMAの公表情報によると、長女の松岡理子さんはKOMAの広報活動に携わっています。

SNSやYouTubeなどを通じて、KOMAの家具やものづくりの魅力を発信しています。

松岡さんが家具を作り、久美子さんが店舗で販売を担い、長女の理子さんが情報発信に携わるなど、家族もKOMAの活動を支えていることが分かります。

松岡茂樹が手掛けるKOMAの家具が世界で評価される理由

手仕事にこだわる家具工房KOMA

KOMAの家具づくりで大切にされているのが、職人による手仕事です。

公式サイトによると、木が持つ自然な触り心地を引き出すため、刃物を使って少しずつ削りながら仕上げています。

松岡さんは、家具の見た目だけでなく、使う人が触れたときの感覚や座り心地も重視しています。

また、長く使い続けられることも大切にしており、無垢材ならではの経年変化にも魅力を感じているそうです。

こうした技術とデザインを組み合わせた家具づくりが、KOMAの特徴となっています。

国内外で64個のデザイン賞を受賞

松岡さんが手掛けた家具は、国内外で高く評価されています。

2026年7月7日のKOMA公式発表によると、松岡さんがデザインした「rocking sofa」が、フランスの国際デザイン賞「DNA Paris Design Awards 2026」を受賞しました。

この受賞は、松岡さんにとって国内外合わせて64個目のデザイン賞となったそうです。

さらに、2020年度には厚生労働省の「現代の名工」に選ばれました。

現代の名工は、優れた技能を持ち、その分野で高く評価されている技能者を表彰する制度です。

また、2024年度には東京都の優秀技能者「東京マイスター」にも選ばれています。

国内外のデザイン賞だけでなく、家具を作る職人としての技術も評価されていることが分かります。

まとめ

松岡茂樹さんは、1977年に東京都で生まれ、2000年に家具職人としての修業を始めました。

2003年に家具工房KOMAを立ち上げましたが、独立後は生活に苦労し、さらに2008年ごろには取引先の倒産によって約2000万円の売掛金を回収できなくなるという経営危機を経験しました。

その苦境を支えたのは、仕事仲間たちの協力でした。

2009年には自社ブランドの家具づくりへと方向転換し、2011年の新宿伊勢丹での家具展をきっかけに、KOMAの新しい道を切り開いていきます。

また、妻の久美子さんも、独立当初の苦しい時期から松岡さんを支え、現在はKOMA杉並本店の店長として活躍しています。

松岡さんは2020年度に「現代の名工」、2024年度に「東京マイスター」に選ばれ、国内外のデザイン賞も数多く受賞しています。

11月6日放送の『DOORS 人生の鍵をくれた人』では、松岡さんの人生を支えた妻の言葉が紹介される予定です。

番組でどのようなエピソードが語られるのか、注目したいと思います。

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