2026年10月2日、愛知・名古屋アジア大会の男子バレーボール準決勝で、日本は中国と対戦します。
この試合を前に、西山大翔選手について調べた方が多いのではないでしょうか。
9月29日のパキスタン戦では14得点を挙げ、アタック決定率約68%を記録。10月1日に行われた準々決勝・カタール戦でも、日本の最初の得点をスパイクで決めました。
日本代表のオポジットとして活躍する西山選手ですが、実は大学を中退し、一度バレーボールから完全に離れていた時期があります。
この記事では、西山選手のプロフィールや身長、高校・大学時代、バレーを辞めた経緯、パナソニック入団から日本代表入りまでの経歴を紹介します。
西山大翔は何者?身長やプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 西山大翔 |
| 読み方 | にしやま・ひろと |
| 生年月日 | 2003年3月4日 |
| 年齢 | 23歳(2026年10月現在) |
| 出身地 | 神奈川県南足柄市 |
| 身長・体重 | 193cm・80kg |
| ポジション | オポジット |
| 利き腕 | 右 |
| 最高到達点 | 350cm |
| 指高 | 255cm |
| 所属 | 大阪ブルテオン |
| 背番号 | 18 |
| 出身高校 | 東海大学付属相模高校 |
| 日本代表歴 | 2023年~ |
西山選手は、身長193cmの右利きのオポジットです。最高到達点350cmの高さを生かしたスパイクと、強烈なジャンプサーブを武器にしています。
西山選手のサーブについて、髙橋藍選手は破壊力があり、サーブスキルも高いという趣旨で評価しています。
大阪ブルテオンでチームメイトだった西田有志選手も、西山選手が自身の欠場中に試合へ出場し、チームを勝利に導いていた点を挙げ、代表での活躍に期待を寄せていました。
こうした言葉からも、西山選手の高さやサーブ、得点力が周囲から高く評価されていることが分かります。
現在は大阪ブルテオンと日本代表でプレーしています。
2026年9月29日のパキスタン戦では14得点、アタック決定率約68%を記録。10月1日のカタール戦でも、日本の最初の得点をスパイクで挙げ、準決勝進出に貢献しました。
西山大翔は東海大学を中退していた
東海大学を約5カ月で中退
西山選手は、東海大相模高校でエースとして活躍した後、2021年4月に名門・東海大学へ進学しました。
ところが、入学から半年足らず、報道によると約5カ月で大学を中退しています。バレーボール部も退部しました。
高校で実績を残し、大学バレーの強豪に進んだ選手なので、そのまま大学でも活躍していくと思ってしまいますよね。
しかし、西山選手の歩みは、そこから大きく変わることになりました。
本人が語った中退理由は「環境が合わなかった」
中退した理由について、西山選手は日刊スポーツの取材で「環境が合わなくて、ちょっとやりづらくなった」と話しています。
本人が公表している理由は、ここまでです。
今回確認した範囲では、いじめや人間関係、指導者との対立、ケガ、学業上の問題が原因だったという情報は見つかりませんでした。
そのため、東海大学を中退した理由については、本人の言葉どおり、環境が合わなかったことだとみられます。
西山大翔は一度バレーを辞めていた
競技から完全に離れるつもりだった
大学を中退し、バレーボール部も退部した西山選手は、競技への意欲を失っていました。
当時の気持ちについては「もういいかな」と語っています。
大学を離れた後はボールに触れず、自宅で漫画やアニメを見て過ごす日々が続いたそうです。就職して働くことも考えていました。
2024年に本田真凜さんが行った取材では、一時的に休むのではなく、バレーボールから完全に離れようと思っていたと本人が明かしています。
FNNの記事によると、バレーボールを辞めていた期間は約9カ月です。
現在の日本代表での姿だけを見ていると、競技から完全に離れようとしていた時期があったことは、少し想像しにくいですよね。
パナソニックからの誘いでバレーに復帰
転機が訪れたのは2021年末です。西山選手のもとに、パナソニックパンサーズから誘いが届きました。
パナソニックのスタッフは、東海大学の別の選手を視察した際に、西山選手のプレーを見ていたといいます。
その後、西山選手が大学とバレーボール部を辞めたことを知り、声をかけました。
西山選手はパナソニックからの誘いについて、チャンスをもらえたことが「このままではダメだ」と思うきっかけになったと振り返っています。
一度競技から離れたことで、「自分にはバレーしかない」と改めて気づいたとも話していました。
辞めていた時間が、自分にとってバレーボールがどれほど大きな存在だったのかを確かめる時間にもなったのかもしれません。
そして2022年6月、パナソニックパンサーズへ正式に加入しました。パナソニックパンサーズは、現在の大阪ブルテオンです。
西山大翔の高校は東海大相模
高校1年生からエースとして春高に出場
西山選手の出身高校は、東海大学付属相模高校です。
高校1年生のときからエースとして起用され、同校が16年ぶり3度目となる春高バレー出場を果たす原動力になりました。
2019年1月の春高バレー1回戦・富山第一高校戦では、東海大相模がストレートで勝利しています。
第1セットで連続失点を喫し、1点差まで追い上げられた場面で、西山選手はバックアタックとレフトからのスパイクを決め、相手へ傾きかけた流れを止めました。
当時すでに身長は193cmあり、高校1年生ながら重要な場面で得点を託される存在でした。
高校時代から日本を背負う選手と期待された
当時の三上稔監督は、西山選手について、将来は日本を背負うような選手になれると評価していました。
西山選手が本格的にバレーボールを始めたのは中学2年生です。
競技歴はまだ長くなかったものの、高さと技術を兼ね備えた選手として、高校時代から将来を期待されていたことが分かります。
西山大翔の中学やバレーを始めたきっかけ
西山選手は、南足柄市立岩原小学校、南足柄市立岡本中学校の出身です。
意外なことに、小学生から中学1年生まではサッカーをしていました。サッカーではFW、GK、DFを経験しています。
中学1年生のときにサッカー部を退部しており、本人は当時について「ちょっとトラブルがあって」と話しています。
ただし、詳しい内容は公表されていません。
その後は半年ほど部活動をしない時期を過ごし、中学2年生からバレーボールを始めました。両親と兄がバレーボール経験者だったことも、競技を始めるきっかけになったようです。
中学1年生のときは165cmだった身長が、なんと中学校を卒業するころには191cmまで伸びました!3年間で約30cmも伸びたなんて驚きです。
岡本中学校時代には全国大会ベスト16を経験し、神奈川県選抜のメンバーとして都道府県対抗中学大会でも活躍しています。
中学2年生から始めたバレーボールで急速に力を伸ばし、東海大相模高校では1年生からエースを任されるようになりました。
西山大翔の経歴|パナソニックから日本代表へ
大学進学から現在までの経歴を、時系列で整理しました。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2021年4月 | 東海大学へ進学 |
| 2021年 | 入学から約5カ月で東海大学を中退し、バレー部も退部 |
| 2021年末 | パナソニックパンサーズから誘いを受ける |
| 2022年6月 | パナソニックパンサーズへ正式加入 |
| 2022年8月 | アジアU20男子選手権代表 |
| 2022年10月 | Vリーグ初出場 |
| 2023年 | シニア日本代表に初選出 |
| 2023年 | VNLファイナルラウンドに出場、日本は銅メダル |
| 2023年 | 杭州アジア大会で銅メダル |
| 2025年 | 世界選手権日本代表 |
| 2026年6月 | 大阪ブルテオンとの契約を更新 |
| 2026年 | 愛知・名古屋アジア大会日本代表 |
2023年のVNLでは、世界ランキング1位だったポーランドとの準決勝にリリーフサーバーとして出場し、サービスエースを決めました。
大学中退と約9カ月のブランクを経験した西山選手ですが、2022年6月にパナソニックへ加入し、翌2023年には20歳でシニア日本代表に選ばれています。
わたくしはこの経歴を時系列で並べてみて、競技へ復帰してから日本代表に選ばれるまでの歩みの速さに、改めて驚きました。
一度はバレーボールから完全に離れようとしたものの、再びつかんだ機会を日本代表入りにつなげたことになります。
まとめ
西山大翔選手は、身長193cm、最高到達点350cmの右利きのオポジットです。
東海大相模高校では1年生からエースとして春高に出場しました。その後、東海大学へ進学しましたが、約5カ月で中退。本人は理由について「環境が合わなかった」と語っています。
一度はバレーボールから完全に離れるつもりでしたが、パナソニックからの誘いを受けて競技に復帰しました。
2023年にはシニア日本代表入り。2026年の愛知・名古屋アジア大会では、パキスタン戦で14得点を記録し、カタール戦でも日本の最初の得点を挙げました。
大学中退や競技から離れた時期を乗り越え、再び日本代表のコートに立っている西山選手。
これからの日本代表を支えるオポジットとして、中国との準決勝で高さのあるスパイクやジャンプサーブがどのような場面で生きるのかにも注目したいと思います。


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