2026年9月15日放送のTBS『マツコの知らない世界』に、「巨石の世界」のプレゼンターとして須田郡司(すだ・ぐんじ)さんが出演します。
「巨石ハンター」。なかなか聞き慣れない肩書きですよね。
「この人、いったい何者?」「どうして巨石を追いかけるようになったの?」と気になった方も多いのではないでしょうか。
この記事では、須田郡司さんが何者なのか、巨石ハンターになったきっかけ、出身大学や大学院、これまでの経歴や現在の活動まで、本人発信の情報や信頼できる資料をもとに紹介していきます。
須田郡司は何者?巨石ハンター・写真家として活動
須田郡司さんは、国内外の巨石、磐座(いわくら)、石神、聖地などを長年にわたって撮影・研究してきた写真家です。
「巨石ハンター」「巨石写真家」「石の語りべ」といった肩書きで活動しており、自らが代表を務める「VOICE OF STONEプロジェクト」を通じて、写真撮影、講演、巨石マップの制作、石巡礼ツアーなど幅広い活動を展開しています。
これまでに訪れた国は世界50カ国以上。各地の巨石や聖なる石を撮影してきました。
「巨石ハンター」という言葉だけ聞くと、珍しい大きな石を探し歩いている人、というイメージが浮かぶかもしれません。
ただ、須田さんの活動はそれだけにとどまりません。その土地の信仰や歴史、人と石との関わりにまで目を向け、写真とフィールドワーク、研究を何十年も積み重ねてきた人物です。
🪨須田郡司「石の語りべ講座」
— 須田郡司 Gunji Suda (@voiceofstone) September 2, 2026
「石の聖地」全10回オンライン講座。日本1500カ所、世界50カ国以上を巡った石巡礼の旅を写真・映像で紹介。第1回無料、前半4本5,000円/後半5本6,000円。詳細・視聴はnoteへ👇https://t.co/2Tyl5trI34 pic.twitter.com/9KZxKzHlWk
須田郡司が巨石ハンターになったきっかけは沖縄だった
須田さんが「ある日突然、巨石ハンターになった」というわけではありません。
その原点をたどると、大学時代の沖縄での体験に行き着きます。
琉球大学への進学が石や聖地との出会いにつながった
須田さんは1962年、群馬県沼田市の生まれ。
海のない群馬で育ち、海への強い憧れから沖縄の琉球大学へ進学しました。1980年春のことです。
大学では地理学を専攻し、写真クラブにも所属。沖縄の島々を巡りながら写真を撮る日々を過ごしました。
そのなかで、御嶽(うたき)をはじめとする祭祀や聖地に触れ、写真を撮るうちに、次第に石へ惹かれていったそうです。
須田さん自身も、石との出会いは沖縄から始まったと振り返っています。
群馬の山あいで育った青年が、海への憧れで沖縄へ渡り、そこで聖地や石と出会う。
こうして振り返ると、現在の活動につながる最初の一歩は、大学時代の沖縄にあったといえそうです。
母を亡くした後のセルフポートレートも大きな転機に
琉球大学を卒業した後、須田さんは上京して写真を学んでいます。
1987年、写真学校に通っていたころ、母親を病気で亡くしました。
その後、故郷・群馬に戻り、生家周辺の山々や巨岩を舞台にセルフポートレートを撮り始めたそうです。
本人のnoteによると、群馬県沼田市の迦葉山弥勒寺奥之院にある和尚台の巨岩で撮影していたとき、「地球の胎内にいるような感覚」を覚えたといいます。
岩のなかで過ごすうちに心が癒され、少しずつ自分を取り戻していったことを、須田さん自身が「石の聲」を聴く活動へつながる原点として振り返っています。
沖縄で聖地と出会い、写真表現を続け、故郷の石と向き合う。
須田さんが巨石を巡るようになるまでには、こうした一つひとつの体験の積み重ねがありました。
須田郡司の大学は琉球大学!50代で島根大学大学院へ
須田さんの学歴についても見ていきましょう。
1980年春、群馬県立沼田高校から琉球大学へ進学しました。
大学では法文学部史学科の地理学専攻で学び、写真クラブにも所属しています。
途中、精神的な行き詰まりを感じて3年後期から休学し、群馬へ戻った時期もあったそうです。肉体労働のアルバイトや実家の農業を手伝いながら過ごし、その後復学しました。
復学後は単位の関係で留年も経験し、最終的に6年間かけて琉球大学を卒業しています。
卒業論文のテーマは「国際通りの景観要因とその分析」。
写真クラブで培った撮影技術を、景観を比較する資料として活用したそうです。
さらに須田さんは、50代後半になってから島根大学大学院人文社会科学研究科の修士課程へ社会人入学しています。
2020年には「出雲地方の巨石信仰〜石の聖地の比較研究」をテーマに修士論文を執筆しました。
若いころから何十年も現地を歩いてきた須田さんが、50代になって改めて大学院で巨石信仰を研究したというのは興味深いところです。
「巨石が好き」というだけではなく、長年のフィールドワークを学術的な研究へつなげていることが分かります。
須田郡司は世界50カ国以上を巡る!日本石巡礼・世界石巡礼も
琉球大学を卒業後、東京で写真を学び、雑誌カメラマンなどを経て独立した須田さん。
その後、国内外の巨石や聖石を撮影する活動を本格化させていきました。
1993年にはチベット、1994年にはイギリスやアイルランドのケルト文化圏を訪問。
世界各地を巡るなかで、文化や宗教が違っていても、石を特別な存在として見つめる人々がいることに気づいていったそうです。
こうした経験を経て行われたのが、2つの大きな「石巡礼」です。
2003年から2006年にかけての「日本石巡礼」では、車を生活の拠点にしながら、沖縄から北海道まで全国1000カ所以上の石を訪ねました。
2009年には「世界石巡礼」を実施。
約1年間をかけて世界40カ国、約200カ所の巨石などを巡っています。
1000カ所、世界50カ国以上と数字だけを見ると、そのスケールの大きさに目が行きます。
ただ、それ以上に、一つのテーマを何十年にもわたって追い続けていることのほうが、わたくしには印象的でした。
主な著書には、『VOICE OF STONE 聖なる石に出会う旅』『日本石巡礼』『世界石巡礼』『石の聲を聴け』などがあります。
須田郡司の年齢・出身地などプロフィール
ここまでの情報を整理します。
名前:須田郡司(すだ・ぐんじ)
生年:1962年
年齢:2026年時点で63~64歳
※生年月日の月日は今回確認できなかったため
出身:群馬県沼田市
出身高校:群馬県立沼田高校
大学:琉球大学 法文学部 史学科 地理学専攻
大学院:島根大学大学院 人文社会科学研究科 修士課程
職業・活動:写真家、巨石ハンター、石の語りべ
肩書き:VOICE OF STONEプロジェクト代表
X(旧Twitter):@voiceofstone
須田郡司は結婚している?
須田郡司さんが結婚しているのかどうか、気になる方もいるかもしれません。
今回確認した本人のプロフィールや公式発信などでは、結婚しているかどうかや、妻・子供など家族に関する詳しい情報は確認できませんでした。
そのため、既婚・独身のどちらかを断定することはできません。
須田さんは巨石や聖地、写真活動については数多く発信していますが、私生活については詳しく公表していないようです。
須田郡司は現在沖縄を拠点に活動
須田さんは2013年、出雲大社と伊勢神宮の遷宮が重なった年に島根県出雲市へ移住しました。
出雲を拠点に、巨石研究や巨石マップの制作、講演活動などを続けています。
その後、2023年に活動拠点を沖縄へ移し、現在は北中城村を拠点として活動しています。
かつて石との出会いの原点となった沖縄に、再び戻ったかたちです。
現在は「琉球弧の聖なる石を訪ねる」をテーマにした石巡礼ツアーや講演なども行っています。
そして2026年9月15日、TBS『マツコの知らない世界』の「巨石の世界」に出演予定です。
番組の予告によると、日本全国の知られざる巨石や、巨石の聖地・島根県出雲、秘境にある巨石などが紹介されるとのこと。
出雲は須田さんが長年拠点としていた土地でもあり、どんな巨石が登場するのか気になるところですね。
まとめ
須田郡司さんは1962年、群馬県沼田市に生まれ、琉球大学で地理学を学ぶなかで沖縄の聖地や石と出会いました。
その体験を出発点に、写真家として国内外の巨石や聖なる石を何十年にもわたって撮影し続けてきた人物です。
「日本石巡礼」「世界石巡礼」を経て、これまでに世界50カ国以上を訪問。
50代後半には島根大学大学院で巨石信仰を学術的に研究し、現在は再び沖縄を拠点に活動しています。
2026年9月15日放送の『マツコの知らない世界』「巨石の世界」に出演予定です。
番組をきっかけに、普段なら何気なく通り過ぎている石にも、ちょっと目が向くようになるかもしれません。
.png)

コメント