ぶっ恋呂百花はなぜ改名?名前の由来は?元NMB48木下百花の現在も調査
2026年9月、ABEMA『愛のハイエナ season6』への出演をきっかけに、ぶっ恋呂百花さんが改めて注目されています。
初めて名前を見た方の中には、「なんて読むの?」「いったい誰?」と思った方もいるのではないでしょうか。
結論から言うと、ぶっ恋呂百花さんは元NMB48の木下百花さんです。
現在は、自ら楽曲制作を手がけるアーティストとして活動しています。
では、なぜ木下百花から「ぶっ恋呂百花」というインパクト抜群の名前に変えたのでしょうか。
この記事では、ぶっ恋呂百花さんが改名した理由や名前の由来、NMB48時代と卒業の経緯、結婚に関する情報、そして現在の活動まで、本人のインタビューなど確認できる情報をもとに紹介します。
ぶっ恋呂百花はなぜ改名した?
まず読み方から確認しておきましょう。
ぶっ恋呂百花は「ぶっころももか」と読みます。
ぶっ恋呂百花さんは、元NMB48の木下百花さん。
2022年3月に所属事務所から独立し、その後は自らDTM(パソコンを使った音楽制作)で楽曲を作るようになりました。
そして2023年2月、EP『ときめきガチリアル』のリリースとともに「ぶっ恋呂百花」としての活動をスタートしています。
では、なぜ名前まで変えたのでしょうか。
単に「インパクトのある名前にしたかった」というだけではありません。
本人は2025年のindiegrabのインタビューで、事務所を辞め、自分自身でDTMを使って音楽を作るようになるなど活動のあり方が大きく変わったことを振り返っています。
その中で、自分自身に責任を持つ覚悟も必要だったと語っており、いくつもの理由が重なって名前を変えることになったそうです。
また、2023年のTHE MAGAZINEのインタビューでは、木下百花名義で初めてパソコンだけで完結する楽曲を作った際、それまでの自身の音楽を振り返り、「別名義があってもいいのでは」と考えるようになったことも明かしています。
バンドサウンドを中心とした音楽から、打ち込みを使った制作へ。
本人が「完全にキャラ変した」と感じるほど音楽のスタイルが大きく変わった時期でもありました。
つまり「ぶっ恋呂百花」への改名には、独立や制作方法の変化、そして自分自身で活動を背負っていく覚悟などが重なっていたようです。
ぶっ恋呂百花の名前の由来は?
では、「ぶっ恋呂百花」という名前自体は、どうやって生まれたのでしょうか。
ここが調べていて、わたくしが一番気になったところです。
本人は2023年のTHE MAGAZINEのインタビューで、名前の由来について詳しく語っています。
周囲に個性的なアーティスト名の人が多かったことから、自分も覚えやすい名前にしたいと考えたそうです。
そこで最終候補として残ったのが、
「黄昏撲滅ももちゃん」
そして、
「ぶっ恋呂百花」
の2つでした。
……どちらに決まっても、かなり覚えやすそうです。
どちらの名前にするか悩んでいたところ、当時占いにハマっていた友人と一緒に占い師のもとを訪れ、姓名判断をしてもらったそう。
その結果、「ぶっ恋呂百花」に決まったと本人が明かしています。
ただし、占いだけで何となく決めた名前というわけでもありません。
本人は、怒りや葛藤、ネガティブな感情などを音楽の中でポップに表現したいという思いを持っていました。
木下百花名義のころは、そうした感情をある程度オブラートに包んで表現していたそうですが、自分でトラックを制作するようになってからは、より直接的に自分の感情を楽曲へ入れられるようになったといいます。
そのため「その感情に負けないような名前にしたかった」とも説明しています。
「黄昏撲滅ももちゃん」も真剣な候補だったと知ると、現在の名前が少し違って見えてきますね。
ぶっ恋呂百花は元NMB48の木下百花
ぶっ恋呂百花さんの旧活動名は、木下百花(きのした・ももか)さんです。
1997年2月6日生まれで、兵庫県出身。
2010年9月にNMB48のオープニングメンバーオーディションに合格し、1期生としてグループに加入しました。
NMB48の中でも独自のスタイルで活動し、2017年にグループから卒業しています。
卒業を発表したのは、2017年7月29日のチームM公演でした。
当時、本人はNMB48公式ブログで「アイドル木下百花として、やり残した事はありません」「本当に私としてはやり切ったと思っています」とコメントしています。
また、NMB48での活動を通じて「自分で発信することが好き」だと分かったことから、卒業後も自己発信を続けていきたいという意向を明かしていました。
このとき語っていた「自分で発信する」という思いは、その後の音楽活動にもつながっているように感じます。
木下百花がNMB48を卒業した理由は?結婚発表との関係も
木下百花さんがNMB48を卒業した理由については、2026年のABEMA『愛のハイエナ season6』出演時にも改めて語られ、注目を集めました。
本人は卒業理由について、「やり切ったというのが一番大きい」という趣旨を説明しています。
一方で、2017年のAKB48選抜総選挙で起きた出来事も、卒業を決断する一因になったと後年語っています。
当時、NMB48に在籍していた須藤凜々花さんが選抜総選挙のステージ上で結婚を発表しました。
ただし、木下百花さんが不信感を抱いたのは、須藤さん本人や結婚そのものというより、その後の運営側の対応についてでした。
本人は後年、メンバーだけが前に立つ一方で、運営側の「大人」が前に出てこなかったことについて当時感じていた思いを明かしています。
また2023年には、須藤凜々花さんの結婚発表の翌日に、自身が卒業する意思を伝えたことも語っていました。
つまり、NMB48卒業の最大の理由は本人自身が「やり切った」と感じていたこと。
そのうえで、須藤凜々花さんの結婚発表をめぐる運営側の対応への不信感も、卒業を決断する一因になったと考えるのがよさそうです。
ぶっ恋呂百花は結婚している?
では、ぶっ恋呂百花さん本人は結婚しているのでしょうか。
2026年9月現在、今回確認した信頼できる公開情報の範囲では、ぶっ恋呂百花(木下百花)さんが結婚しているという公表情報は見つかりませんでした。
本人が結婚について公表していない以上、「独身」「結婚していない」と断定することもできません。
プライベートに関することでもあるため、今後本人から発表などがあれば確認したいところです。
木下百花からぶっ恋呂百花へ!現在は何をしている?
NMB48を2017年に卒業した後も、木下百花さんは音楽活動を続けてきました。
2022年3月には所属事務所から独立。
自らDTMを使って楽曲制作を行うようになり、2023年2月に「ぶっ恋呂百花」としての活動をスタートしました。
ぶっ恋呂百花名義では、EP『ときめきガチリアル』を皮切りに12か月連続リリースも行っています。
作詞や作曲だけでなく、トラック制作まで自身で手がけるなど、音楽制作そのものに深く関わっています。
そして2025年8月7日には、初のフルアルバム『幽霊のように』をリリースしました。
2026年に入ってからも活動は続いており、8月19日には新曲「なんか」を配信。
さらに9月にはABEMA『愛のハイエナ season6』への出演をきっかけに、元NMB48時代のエピソードなども改めて注目されました。
NMB48卒業時に語っていた「自分で発信したい」という思い。
そこから事務所を独立し、自分で音楽を作り、「ぶっ恋呂百花」という新しい名前で活動する現在までをたどると、ひとつの線につながっているように感じます。
まとめ
ぶっ恋呂百花(ぶっころももか)さんは、元NMB48の木下百花さんです。
改名の背景には、2022年の事務所独立やDTMによる楽曲制作への移行など、活動スタイルの大きな変化がありました。
名前の候補は「黄昏撲滅ももちゃん」と「ぶっ恋呂百花」の2つ。
姓名判断を経て現在の名前に決まりましたが、そこには自身の強い感情を表現する音楽に負けない名前にしたいという思いも込められています。
NMB48卒業については、本人が「やり切った」と感じていたことが最大の理由。
加えて、須藤凜々花さんの結婚発表をめぐる運営側の対応への不信感も、卒業を決断する一因になったと後年語っています。
本人が結婚しているという公表情報は、今回確認した範囲では見つかりませんでした。
現在も自ら楽曲制作を行うアーティストとして活動しており、2025年には初のフルアルバム『幽霊のように』をリリース。2026年も新曲の配信を続けています。
一度見たら忘れにくい「ぶっ恋呂百花」という名前ですが、その由来をたどってみると、NMB48卒業後に自分自身の手で音楽を作り続けてきた現在の活動ともつながっていることがわかりました。


コメント