野本良平は何者?漁港食堂1000軒を巡った経歴や結婚・妻と子供を調査!

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2026年11月10日(火)20時55分から放送予定のTBS『マツコの知らない世界』に、野本良平(のもと・りょうへい)さんが出演します。テーマは「漁港食堂の世界」です。

全国の漁港食堂を約1000軒も食べ歩いた人と聞くと、グルメ評論家や旅ライターのような人を想像してしまいますよね。

ところが、野本さんの本業は会社の経営者。羽田市場株式会社の代表取締役社長CEOです。

この記事では、野本さんのプロフィールや経歴に加えて、本人がインタビューで語っている結婚や妻、家族についての情報もまとめました。

野本良平は何者?wiki風プロフィール

まずは基本プロフィールです。

項目内容
名前野本良平(のもと・りょうへい)
生年月日1965年11月23日
年齢60歳(2026年11月3日時点)
出身地千葉県船橋市
学歴高校卒業
職業実業家
肩書羽田市場株式会社 代表取締役社長CEO

出身高校の名前は、今回確認した範囲では見つかりませんでした。

野本さんは、全国の漁港で水揚げされた魚を飛行機で運び、飲食店などに届ける事業を立ち上げた人物です。

魚を「食べる人」であると同時に「届ける人」でもあるわけです。

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野本良平はなぜ漁港食堂を約1000軒も巡った?

TBSの公式番組情報によると、野本さんは全国およそ1000軒の漁港食堂を食べ歩いてきた人物として紹介されます。

番組の予告には、大磯港、伊東港、小名浜港、宇和島、下北半島といった地名が並んでいます。

野本さんは仕事柄、全国の漁港を回ってきました。

2017年に放送されたテレビ東京『カンブリア宮殿』では、1年のおよそ3分の1を漁師さんの船に乗って過ごしていたと紹介されています。

漁港に通い、漁師さんと交流を重ねてきたことが分かります。

ただし、なぜ約1000軒もの漁港食堂を巡ったのか、その直接の理由については、今回確認した資料では分かりませんでした。

全国の漁港を仕事で訪れてきた野本さんですが、食堂巡りを始めたきっかけについては、11月10日の番組で語られるのか注目したいところです。

また、野本良平さんは、Instagramでも魚や漁港、日々の出来事などについて発信しています。

プロフィールには「漁港食堂めぐり1,000軒〜」と記載されており、これまでの活動についても紹介されています。

野本さんのInstagramはこちらです。

野本良平の経歴!音楽少年から羽田市場社長へ

学生時代は音楽に夢中!バンドでコンテスト優勝も

2015年に公開されたWebメディア『another life.』のインタビューによると、野本さんは学生時代、音楽に夢中だったそうです。

小学生の頃にギターに触れ、中学・高校ではバンド活動に打ち込みました。音楽コンテストで優勝した経験もあります。

魚の流通を変えようとしている経営者が、かつては音楽の道を目指していたというのは、少し意外ですよね。

高校卒業後は実家の食品卸会社へ

高校卒業後は音楽の道に進みたいと考えていましたが、実際には実家が営む業務用食品の卸売会社を手伝うようになりました。

当初は仕事に前向きになれなかったそうですが、21歳頃に考え方が変わり、仕事に打ち込むようになったと振り返っています。

その後は食品製造事業や中国との貿易事業なども経験しました。

銚子丸やエー・ピーカンパニーで活躍

2006年には回転寿司チェーンの「銚子丸」に入社しました。

続いて2008年にエー・ピーカンパニーへ移り、副社長を務めています。

2013年には柿安本店に入社し、常務執行役員を務めました。

家業の卸売から始まり、寿司店や飲食企業、老舗の食品会社へ。

食べ物が生産者から消費者に届くまでのさまざまな仕組みを、仕事を通じて学んできたことになります。

2014年に独立!羽田市場を創業

2014年10月、野本さんは「CSN地方創生ネットワーク株式会社」を設立しました。

翌2015年には羽田空港内に鮮魚センターを開設。全国各地から魚を空輸し、飲食店などへ届ける事業を本格化させました。

その後、2018年4月に社名を「羽田市場株式会社」へ変更しています。

食品業界で働く中で、野本さんは従来の魚の流通に課題を感じるようになったといいます。

漁師さんが適正な収入を得られる仕組みを作りたいという思いもあり、この事業を立ち上げました。

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野本良平は結婚している?妻や子供など家族を調査

妻は小売業界で商品開発の仕事をしていた

野本さんの結婚については、2015年に公開された『another life.』のインタビューで本人が語っています。

食品製造の事業を始めた頃には、すでに結婚していたそうです。

奥さまは当時、小売業界で商品開発の仕事をしていました。

野本さんは、新しい事業に挑戦する際、奥さまが商品開発に携わっていたことも、何とかやっていけると考えた理由の一つだったと振り返っています。

なお、これは過去の本人発言です。

今回確認した資料では、奥さまの名前や現在の仕事、2026年現在の婚姻状況については分かりませんでした。

娘のアイデアが羽田市場の経営危機を救うきっかけに!

野本良平さんには娘さんがいることが分かっています。

2024年8月29日に公開された『飲食店ドットコム』のインタビューで、野本さん自身が娘さんについて語っていました。

2020年、新型コロナウイルスの影響で飲食店向けの鮮魚販売が大きな打撃を受け、羽田市場は経営危機に直面します。

そんなとき、当時大学生だった娘さんが、魚を通販で販売することを提案しました。

野本さんはそのアイデアを受け、2020年5月1日に「漁師さん応援プロジェクト」を開始。初日は約200万円を売り上げたそうです。

しかし、翌日以降は思うように売れず、野本さんは再び娘さんに相談しました。

すると娘さんは、芸能人に商品を紹介してもらうことを提案。

そこで野本さんが知り合いのグルメタレントに依頼したところ、YouTubeで紹介され、さらにSNSでも情報が拡散しました。

その結果、わずか2時間で2200万円を売り上げたといいます。

野本さんによると、その後の2020年6月から8月には、通販事業だけで月商2億円を記録したそうです。

娘さんのアイデアが、羽田市場の経営危機を乗り越える大きなきっかけになったことが分かります。

なお、今回確認した資料では、娘さんの名前や現在の仕事、ほかにお子さんがいるかどうかについては分かりませんでした。

実家は食品卸会社!4人きょうだいの末っ子

野本さんは、千葉県船橋市で4人きょうだいの末っ子として育ちました。

実家は病院や学校などに業務用食品を卸す問屋を営んでいました。

2015年の本人インタビューでは、幼い頃から新聞配達を手伝っていたことも明かしています。

高校卒業後に手伝い始めた家業が、野本さんの食品業界での仕事の出発点となりました。

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羽田市場とはどんな会社?

羽田市場の大きな特徴は、魚を飛行機で運ぶことです。

全国各地の漁港で水揚げされた魚を空輸し、短時間で飲食店などへ届けます。

漁港から遠い都市の店でも、鮮度の高い魚を仕入れやすくなる仕組みです。

2017年の『カンブリア宮殿』では、水揚げから輸送にかかる時間を最短6時間に短縮したと紹介されました。

また、流通に関わる中間業者を減らすことで、漁師さんの取り分を増やすことも目指しています。

この事業の根っこには、「漁師さんが適正な収入を得られるようにしたい」という野本さんの思いがあります。

おいしい魚を届けることと、それを獲る人の暮らしを支えること。

羽田市場は、その両方を大切にしてきた会社です。

野本良平が紹介する漁港食堂

野本さんは2026年11月、『マツコの知らない世界』への出演をきっかけにAmebaブログを始めたことを、検索結果に表示された本人のブログ記事で紹介しています。

また、検索結果では「漁港食堂その1 氷見魚市場食堂(地方卸売市場氷見魚市場)にて」という記事も確認できました。

富山県氷見市の魚市場にある食堂を取り上げた記事ですが、おすすめのメニューなど詳しい内容については、今回確認できていません。

なお、番組予告に出てくる大磯港、伊東港、小名浜港、宇和島、下北半島は、番組で取り上げられる予定の地域です。

これらが野本さんのおすすめ店ランキングというわけではありません。

番組でどのような漁港食堂が紹介されるのか、放送を楽しみに待ちたいと思います。

まとめ

野本良平さんは、全国約1000軒の漁港食堂を食べ歩いた達人であり、羽田市場株式会社の社長でもあります。

音楽に夢中だった学生時代を経て実家の食品卸会社で働き始め、銚子丸やエー・ピーカンパニー、柿安本店で経験を積みました。

2014年に独立し、魚を空輸して届ける事業を立ち上げています。

家族については、過去の本人インタビューで結婚していたことや、妻が商品開発の仕事に携わっていたことを確認できました。

漁港食堂巡りのきっかけや、おすすめの食堂についても、11月10日の『マツコの知らない世界』で詳しく紹介されるのか注目したいですね。

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